第12章「美乃理と1年2組」
稔が飯山達と再会したのは、高一の時だった。
同窓会的な集まりで、小学校卒業時のメンバーと顔を合わせた。
「よう、稔、元気だったか?」
そのときにわかったのは、健一は相変わらずサッカーだった。
公立中から、近くの高校に進学した。そこでサッカー部を続けているらしい。
「ちょっと、お前顔色悪くないか?」
「そ、そうかな?」
一方で正愛学院特進科で思うように自分を実現できていなかった稔。
「稔君って、正愛学院にいってるんだっけ? すっごーい! 勉強頑張ってるの?」
橋本さやかとも再開した。
「う、うん。まあは、橋本さんは今何やってるの?」
適当に取り繕った。
橋本さんも、やはり健一とは別だが公立高校へ進学し充実した学生生活を送っているようだった。
「うん、今も水泳部でやってるよ――」
健康的で引き締まった体だった。日焼けした体と持ち前の明るさで見るからに元気いっぱいだった。
目を見張ったのは、遠目でもわかる茶髪のグループだった。
やたらと女子のグループに絡んでいる。
よくみると、それが飯山達のグループだった。
かつてのゲーム、漫画の話はなりを潜め、それと入れ替わるように女子を追いかけ回すようになっていた。
もう稔のことなど構っていない、と思ったらその一人が何故か稔のところにやってきた。
「稔、お前、正愛学院行っているんだろ?」
「そうだけど……それがどうしたのさ」
「ああ、羨ましいなあ! 新体操部があるんだろ。あれ、凄く有名なんだぜ、全国クラスの知名度で、綺麗な子も多くてさ」
「?」
「俺、おっかけをやってるんだよ。なかなか部外者はみる機会がないんで狙ってるんだぜ」
おもむろに鞄から取り出したのは、一眼レフのごついカメラだった。
べらべらと一方的に話しかけられただけだった。だが、アイドルなんかのおっかけをやっていて女子高生のスポーツや、演技を撮るのも趣味らしい。
所謂カメラ小僧をやっているのだった。
美乃理は思い出した。
確かあれは宮田だった。今朝、忍の帽子を取った悪戯をしていた――あの男子だ。
「大変だったね……」
忍と玄関口で靴から上履きに履き替えた。
「全然平気だよ」
右腕で軽くガッツポーズをして平気をアピールした。
そして美乃理は花町小学校へ登校した。10年前と同じく。
ただし女子としてである。
「ええと……確かここ……」
自分の席を確認する。昨日美乃理が目覚めた場所である。
赤いランドセルを置いて中のものを取り出す。筆記用具、ノート教科書。
「おはよう! 美乃理ちゃん!」
「あ、御手洗さんおはよう」
席に座ると、後からやってきたクラスの女子に次から次へと挨拶をされるのに面食らった。
「お、おはよう……」
やはり女子は交流、スキンシップが多い。
机にどんどん女子が集まってくる。ばかり。
次から次へ女子が美乃理の机にやってくる。
ええと、この子は山本さん、柴田さん、島村さん……。
美乃理は徐々に名前や顔を思い出す。
数年後にはそれなりに女らしくなっていた子たちも今は皆幼かった。
「大丈夫?? 宮田にやられたんだって?」
情報をどこで聞きつけたか、早くも今朝の帽子強奪の一件が伝わっていた。
心配して頭を撫でてくれる子もいた。
美乃理は誰にもしゃべってないのに。
「も、もう大丈夫だよ」
色んな子が語りかけてくるから、情報が入ってくる。
段々、立ち位置がわかってきた。
元々美乃理は、割と物静かなほうだったこと。
それに一応可愛い子という評価があることも会話の節々から読みとれた。
「美乃理ちゃん、今日は髪が違うね」
そして話題は、容姿に関することに映った。雰囲気が違うと口を揃える。
髪型はその最たるもののようだ。
(よっぽどボクはポニーテールだったんだ)
「う、うん、今日は時間がなかったから……」
「ふーん」
嘘をついてもしょうがないから、怪しまれない範囲で答える。
「そのショートパンツ、いいね!」
お次は、今日穿いてきたデニムのショートパンツ。
ここも普段スカートだった稔と今日は違うということだった
「今日の美乃理ちゃん、なんだか男の子っぽいかも」
驚いたのは忍と同じ評価があることだった。
全体的にボーイッシュ。
容姿に関する意識が高さをうかがわせた。
幼いとはいえ、侮れない。美乃理は男子との違いに内心で舌を巻いていた。
突然、さやかの高い、大きな声が教室に響いた。
「ねえ、そういえばさっきシノが言っていた新体操のことだけど――」
さやかが新体操の話題を振ってきた。
朝の騒動の時、ちょっと忍が口走ったことを耳聡く漏らさなかった。
隠す理由もないので、一度忍をちらりとみてから包み隠さず話した。
忍も嬉しそうに頷いた。
忍から今度できる新体操クラブに一緒に入ることを誘われた。両親から許しをもらえれは、一緒に通うつもりであること。
「知ってる! 今度新しくクラブができるんだっけ」
さやかは悔しがった。さやかは同じく最近できた水泳教室に通っている。
「ああ、あたしも水泳じゃなくて、そっちが良かったかも」
「そのクラブのコーチは全日本にも出たことがある有名選手だったらしいの。今度選手を引退して、初めてクラブを作ったらしいわよ」
忍の情報通は凄い。どこから情報を仕入れたのだろう。
「いいなあ、あたしもやってみたいな」
「レオタード、可愛いよねえ! 一度着てみたい」
周りで聞いていた女の子もわいわいと、つられてしゃべる。
「あ……美乃理、髪にゴミが……」
そのうち、一人の女の子が美乃理の髪をそっと触った。
「ほら……」
埃のような物がついているようだった。
多分、朝の宮田との取っ組み合いで、着いたものだ。髪が長く毛の量が多いから、気がつかず着いたままになっていたのだろう。
「どうしたの? 他にもまだついてるし」
さらに美乃理の髪を気にしてくれる。今朝の事情は知らないようであった。
「それがさ、今朝……」
さらに別の女子が今朝の出来事をしゃべり始めた。
朝の出来事は、既に伝わっていて、女子の間では美乃理に対する同情が広まっていた。
忍ちゃんへの悪戯に、美乃理が立ち向かい、取っ組み合いになったこと。
しかも、美乃理は宮田を組み伏して、帽子を奪い返した。
さやかが、かなり尾鰭をつけて広めたから、違う部分あった。
美乃理は今日の英雄もといヒロイン扱いだった。
「ひっどーい!」
「あいつら悪戯ばっかりするから……」
皆、聞こえよがしに口走る。
普段、女子が閉口するような悪ふざけをしまくっていた。
飯村たちのグループのいる方を、ジロっと一睨みした。
宮田は気まずそうに、やや萎縮した。
宮田は今日一日居心地の悪いことだろう。
「ふんっ」
あのグループの中心にいる飯村は面倒くさそうに、と顔を背けた。
今日一日はくすぶっていそうだった。
そして無事に一日が過ぎていった。
その日の帰り道――。
忍が語りかけてきた。
「どう? 美乃理ちゃん、慣れた?」
「うん、だいぶ……これも、シノちゃんのおかげかな」
何度も忍に助けられた。わからないことや戸惑っている時は、すかさず忍が耳打ちしてくれる。
他の女子との何気ないこと、今日までの思い出や関係。
最近の女子で流行っている話題、テレビ番組や、アクセサリーのことまで教えてくれた。
稔では知らなかったことも多かった。
「ありがとう、シノちゃん」
よかったとばかりに忍は笑顔で頷いた。
「本当はね……」
忍は、手を繋ぎながらも、やや目を美乃理から逸らして呟いた。
「美乃理ちゃん、ちょっと別な人になったかと思って怖かったんだ……言葉遣いとか洋服だけじゃなくて……なんか悲しそうに寂しそうにしてて……」
それは、きっと稔が出てしまっていたのだ。
十七年間の受験と勉強、孤独で培われた稔という人格が。
ふと思い起こした。美乃理はどんな子だったんだろう。
「でも、今朝帽子を取り返してくれた時に思ったんだ。私の知ってる美乃理ちゃんだって。あたしのことが大好きで、あたしを大切にしてくれる美乃理ちゃん」
片手でなく、両手を掴んでぎゅっと握った。
「じゃあね、美乃理ちゃん、また明日」
くるり、と赤いランドセルを返して、美乃理に背を向けた。
忍の住んでいるマンションへと走り出した。
途中、電柱を一本分行った先で、忍は振り返った。
「新体操のこと、美乃理ちゃんのママとパパにも、聞いてちょうだいね!」
伝えられたのは忘れてはいけない、大切なことであった。
「うん、忘れないよ」
じゃあねシノちゃん、と美乃理は大きく手を振った。




