第114章「合宿③」
明日には東北地区の強豪や地元のチームも来ることで顧問で引率の中田と木村が盛り上がっていた。
(先生たち、この合宿の準備大変だったんだろうな)
美乃理は練習に戻ろうとして、ふと気が付いた。
「中田先生、あの人たちは?」
龍崎宏美が年配の女性と会話を交わしていた。
雑談だけでなく、ジェスチャーやら会話の表情で何かアドバイスをしているような気がする。
雰囲気からして腰の据わったコーチの雰囲気を漂わせている。
どこかで見覚えがあるような気もした。
「あの人は東都女子体育大の栗原静香コーチ、この合宿の発案者よ」
「えっ本当ですか!?」
思わず叫んだ美乃理の脳裏にはっきりとその記憶が蘇った。
二十年以上前に海外で活躍した選手で新体操界隈では知られている大物。
まだまだ一般に新体操の知名度が低かった頃に、海外でも活躍した第一人者――。
「実はね……先生は国内選手全体の底上げを狙っているの。中学、高校の生徒たちをもっと早い段階で教育したいと思っているらしいの」
先生の話によれば、体育大新体操部の顧問の傍ら体操協会の理事も務めている。
自分の学校のみならず、国際大会での躍進を目指している。
そんな話をしていたが美乃理はもっと別のことが気になった。
「でも、なんで宏美さんと話してるんですか?」
「実は……龍崎さん、今度来る国際大会に出場が決まりそうなのよ」
「本当……ですか」
美乃理は言葉を詰まらせた。
意外ではなかった。龍崎宏美の成績を思い浮かべれば自然なことだと思う。
けれども、同じ境遇と秘密を持つ龍崎宏美の背中を見ながら歩んできた美乃理にとって、さらにその背中が離れたことに対する絶句だった。
「凄い……宏美さん、どこまで昇って行くんだろう――」
中田からポン、と肩を叩かれた。
「栗原先生、あとで御手洗さんとも話がしたいって」
合同練習は早速始まった。
マットの状態や用意されている手具を念入りにチェックする。
「ほら、こっちにも持ってきてえ!」
「はいっ」
王鈴のてきぱきと指示する上級生の声に、即答する下級生。
「じゃあ、ランニングと柔軟、始めるよ」
「わかりました」
声をかけずとも整列する。厳格な練習が染み着いているのが見て取れた。
「うちと違うね……王鈴の子たち、整然としてる……」
上意下達。
無駄な時間を過ごさない。
まだ正愛の子がのんびり準備している間にも集合してさっさとウォーミングアップの柔軟を初めてしまう。
きびきびとした動き、微妙に違うかけ声やタイミングに一々新鮮な驚きを見せる。
宏美や美乃理などを抱えていて強豪の仲間入りをした正愛にやや自惚れを持っていた一年生たちは焦りを覚える。
「あたしたち……勝てるかなあ」
「うちよりも厳しそう……」
驚嘆する一年生に上級生たちがハッパをかける。
「正愛が甘いんだって。ほんと良かったね。ほら、うちも負けてられないよ、無駄口たたいて、たらたらしない」
「それより、今日の練習ポイント、ちゃんと決めた!?」
一方で王鈴のメンバーたちは違った視点で関心していた。
「正愛は部員が自分たちで練習を決めるんだあ……」
「コーチの命令が絶対のうちとは違うわ」
練習メニューは、お互い注目の的であった。
少しでも学び取れるところがあれば学び取ろうとしているのだ。
美乃理が始めると、特に視線が集中した。
こと新体操をしている時だけは、視線に臆さないだけの経験をしてきている。
さらに、清水敦子の練習演技にも注目が集まった。
「うわ、あの子、まったくノーマークだった」
「龍崎さんや御手洗さんだけじゃないんだ――」
王鈴の早坂真由美が新しい発見に逐一驚きの声をあげる。
「うひゃあ、正愛は選手の層が厚いなあ……」
他の生徒も頷きながら正愛の選手の演技を見守る。
「うちらもうかうかしてられんよ。西日本大会で満足してたらいかんわ」
一方、王鈴の亜美の練習が始まると今度は正愛の生徒達がしばし練習を止めて見入った。
大胆にもポップ調、現代風の曲を使っていた。
彼女たちなりに工夫を凝らしている。
「美乃理ちゃん、どう?」
高梨が美乃理に意見を求める。
「調和性に関してはうちよりも上、です」
「ええ、どこですか?」
わからないという子に解説をする。
「ほら、軸がぶれないしとても動きが滑らかです。演技を見てて安心感が伝わってくるでしょう?」
曰く、落ち着いて演技をみられる。
得点を意識しすぎて小さな揺らぎや素人にはみえない音楽との不一致。
「印象を悪くしちゃうんだけど、王鈴の演技ははそこはしっかり押さえてるの。そこを重点的に練習を重ねてるのよ」
高梨も美乃理の意見に同意する。
「伝統のある王鈴ならでは、長年の受け継いできた練習と課題を克服してきた到達点ですね」
採点競技である以上、大会では採点項目に沿ってそれらの要素を取り入れる必要がある。
バランス、ジャンプ、手具の操作、難易度。
「王鈴は押さえるところはしっかり押さえている。安定しています」
途中でお互いが意見を交換しあう場面もあった。
「さすがねえ――でも……褒めてくれるのは嬉しいけど、そこがうちの弱点なの」
今度は王鈴の部員生徒たちに聞かせるように早坂真由美が嘆いて見せる。
「よく言えば基本に忠実――悪く言うと、独創性に欠ける――。それがうちの欠点かな。欠点を克服したい。躍進著しい正愛学院から学びたいの」
勢いやパワーを感じるのは確かなようだった。
「いい? あなたたち、来年はあなたたちがあれをやるのよ」
王鈴の生徒達を感嘆させる自分たちの先輩の演技を誇らしげに見ていた正愛の一年生たちを高梨が叱咤する。
今年は先輩たちが正愛の新体操を見せつけたが、来年は自分たちが披露しなければいけない番である。
にわかに焦り始めていた。




