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第112章「合宿①」

「それじゃあ行ってきます」


 玄関のドアを閉める時に、大きなバッグを抱えて一度振り返った。

 紺色のジャージには、正愛学院新体操部の文字が刺繍されている。


「気をつけるのよ」


 今日は仕事は休みの母が、玄関先までやってきた。


「お姉ちゃん、早く帰ってきてね」


 いつもはお寝坊さんの美香まで早起きしてお見送りにやってきた。


「また帰ってくるから、そんな顔しないのよ」


 美乃理のジャージを摘んで離そうとしない。

 その美香の小さな手を握った。


「それより、美香も、ちゃんとわがまま言わないで、お母さんの言うこと聞くのよ、ちゃんとお手伝いもして助けてあげなさい」


 寂しそうな美香は顔は今にも泣き出しそうだった。

 まだ寝起きできちんと洗面台で整えていないぼさぼさの頭を撫でる。


「うん、する……」


 小さな顔がちょこんと頷いた。


「じゃあ、今度こそ行ってきます」


 美乃理は手を振って玄関を出る。


「いけない、集合時間に遅れちゃう」 


 呟きつつ少し小走りをした。






 それから一時間後、美乃理はバスの中にいた。

 女子たちのかしましいしゃべり声が車内に響いていた。


「こら、少し静かにしなさい!」


 高梨の声が響く。

 中学生のリーダーの注意にしばらくは収まるがやがて5分も立つとまた元通り。

 その気持ちはわからないでもない。

 普段とは違う景色に、もっとも活発な年頃の女子だけが密閉されたバスという空間では、会話を押さえるというのが無理な話だ。


「まったく、もう」


 何度か注意して酷くなるとまた叱る繰り返した。

 だが、美乃理は、それらを気にも留めず窓越しに、木々の緑が映える山々を眺めていた。

 普段は、ビルや住宅地といった都会の景色に慣れているため、自然が広がる光景は心が和んだ。


 夏休みに入って3日ほど経った今日、正愛学院新体操部は軽亜沢高原へ出発した。


 外界から離れて全てを練習に全精力をそそぎ込む。

 秋から目白押しの大会、学園祭、イベントでの発表演技。

 それらを仕上げるために毎年行われるのがこの合宿であった。


 高等部も中等部の生徒も合わせていくのでかなりの人数になったためバスに分乗するほどの大所帯であった。

 期間は三泊四日。

 乗り込んでいる大型バスは、高速道路を走り抜けて目的地へと向かっている。

 同じく流れるように走るタンクローリー、トラック、乗用車たちと共に――。

 橋を越え、川を渡る。


 やがて長いトンネルに入り、車内はオレンジ色の明かりに包まれる。

 

「あら、落ち着かないわね。あなたらしくない」


 隣に座る龍崎宏美が、ささやいた。


「だって本当に久しぶりですもん。彼女と会うのは」

「そうね……もう2年ぐらい会ってないかしら――」


 トンネルをくぐり抜けると一気に明るくなり、さらに山深い景色へと変わる。

 それと同時に運転手のアナウンスが流れた。


「もうすぐ山野原サービスエリアに着きます」


 運転手のアナウンスが流れる。

 一旦、途中のサービスエリアでトイレ休憩を取ことになった。

 バスが駐車場に止められて、ドアがバタンと開く。

 ぞろぞろと降りていく。


「いい? 15分だからね。遠くまでいかないように。遅れたら置いていっちゃうから」


 はーいというあてにならない返事が返ってくる。

 美乃理も同じように降車した。


「うーん、ずっと座ってたから疲れちゃったです」


 大きく伸びをして深呼吸する。


「体を動かしてた方が、ぜんぜん楽ですよね」

「本当にね」


 宏美も肩を回して筋肉の疲れをほぐしていた。

 普段体を動かすことに慣れた体はじっとしていることがかえって辛いのだった。

 一息ついたとき、視線を浴びていることに気が付く。

 サービスエリアを行き来する人々が突然現れた女子の集団に目を丸くする。

「ほら、ジャージに正愛学院って書いてある?」「どこ?」「新体操で有名な学校よ」「そっか、そんな感じするよねスタイルいい子多いし」

 そんな声が時たま聞こえる。

(うちも結構有名になったんだな……)

 

 バスの中でずっとはしゃいでいた一年生は、このサービスエリアの休憩でもテンションは落ちない。


「龍崎先輩、御手洗先輩。記念写真、お願いします!」

「いいわよ」


 たちまち群がる。

 持参したスマホを渡して取り方を説明する。。

 快く応じる美乃理、宏美たちに一年生たちが集う。


「さんに、いち」

 

 小さく電子のシャッター音が鳴る。

 

「なんか、すっかり遠足気分ですね」


 美乃理は、眺めていた。


「ま、しょうがないわよ、初参加する子たちはね……」


 隣にやってきた一学年上の先輩、高梨が、苦笑する。


「お土産、何買おうか、っていっている子たちもいたし」

「そんな時間も余裕もないのにね」


 一年前に参加して合宿の厳しさをしっている上級生たちは、やや意地悪な目線をもってみていた。

 合宿を終えた後、地獄の軽亜沢合宿と呼ぶようになるのであった。

 繰り返し遊びに行くわけではなく、厳しいことも伝えてはいるのだったが、一年生にはピンとこないのであった。


「そろそろ出発するからバスに戻りなさい!」


 再びぞろぞろとバスに乗り込む。


 やがて、サービスエリアを出発したバスは、高速道路を降り、山奥深い場所に、佇むとある施設に到着する。


「うわあ、ここね」


 窓越しに眺める。

 グリーンパークランド。

 広大な敷地にはキャンプ場や野鳥観察、テニスコートなどのアウトドア施設もある。

 全て一周するには、車を使わないと行けないぐらい広さであった。

 さらに警備員も常駐していて不審者は入ることはできない。

 そういった安全な環境があることから、女子校、女子大などの宿泊体験や合宿に特によく使われる。


 景色がよく、空気も綺麗なところで、普段とは違った環境で練習に打ち込む。

 最大で500名収容可能な施設で、別の学校やスポーツ団体も来ていた。

 大学の柔道部、女子サッカー部……。同じように合宿にやってきている様子で、既にロビーや受付には同じ年頃の学生と思われる少女たちが行き来していた。


 各部屋に荷物を置いた後、早速屋内スポーツ場に集合するよう指示される。

 学生が主に使用する施設らしく、ベッドが並べられた部屋に物置場所のみという簡素な作り。


「わたしはここね!」


 二年生の部屋は二段ベッドの4人部屋。

 清水敦子が上段の一つを取った。


「じゃあ私はここ」


 美乃理はそのすぐ下のベッドにする。

 特に争うこともなく、決まってゆく。

 ベッドの上で着替えや持参の洗面具を整理していると、敦子が上からひょいと顔をのぞかせた


「同じ部屋になるとは思わなかったね、美乃理。夜が楽しみだ、こりゃ」

「もう」


 何か思わせぶりな敦子に美乃理はややあきれる

 きっと何かある――と思わざるを得ない。

 風呂も1階の大浴場。トイレも洗面所もすべて共同という最低限のサービス仕様であった。

 部屋でくつろぐ間はない。

 各自、4~6人に割り当てられた部屋に荷物を置いた後、早速屋内スポーツ場に集合するよう指示される。


「あっあれ――」


 部員の一人が指を指した。

 その途中。通路を歩いているときに駐車場をみると、ちょうど同じように観光バスが到着していた。

 わらわらと学生とおぼしきジャージ姿の少女たちが降りてきて荷物などを抱えている。

 降りてきた少女たちはやはり太陽の光を浴びて深呼吸や延びをして長時間座った疲れを癒していた。

 バスの正面に掲げられていた表札には、「王鈴女子高等学校中学校新体操部ご一行様」と掲げられている。

 もちろんこれは偶然ではない。正愛の合宿にあわせて他の新体操部も集まってきているのだ。

 合同合宿。

 やがて、その中の一人が美乃理に気づいた。


「美乃理ちゃん!」


 特徴的な水色のジャージの集団の中に、以前と変わらないセミロングの髪型の少女が大きく手を振った。


「亜美ちゃん」


 美乃理も手を振り返す。


小学生時代に出番の無かった(省略された)亜美登場。

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