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第106章「懐かしの場所」

 次の日。

 美乃理は二時限目の休み時間に、特進科の教室へと向かった。

 普通科クラスに所属する美乃理の教室とは、少し離れた場所にある。

 けれども、そこは勝手をしっている場所だ。

 場所だけでなく、その空気も知っている。

 校舎の奥にある特進科は、正愛学院でも特殊な雰囲気があった。

 まず静かだ。

 他のコースやクラスは休み時間は、生徒のざわめきに包まれるが、次の授業の予習や絶え間ない小テストなどの準備で静かなのだった。

 急に境界を越えたように喧噪は遠くなる。

 

「川村君っている?」


 教室の空気が一変した。男子がほとんどといっていい特進科に女子が入ってきたためだ。


「え、あ、あっち……です」


 突然入ってきた自分たちとは違う異質なものに、声をかけられた特進科の生徒は戸惑いつつ答えた。

 川村裕太は、席に座ってやや窓の外を眺めていたので美乃理が近づいてくるのも気づかない様子であった。

 こうしてみると、かつては大人っぽく見えていた裕太も、まだ思ったよりも子供には感じた。

 精一杯大人っぽくクールを装っているがそれがまた子供っぽく感じる。

 だが、見るからに特進クラスでは異質の存在だった。

 スカートを揺らして歩みを進める。

 教室に漂うむっとする空気。男の子の臭いを感じた。

 汗と埃の入り交じるような臭いは、男子だけの教室だと、より一層強く感じた。

 いつの間にか、自分は女子の匂いに染まっているのだった。

 よく知っているはず。かつての自分の居場所だったはずの場所。

 だが今はっきりとここは今は自分の場所ではないと感じたのだ。


 一番後ろの席に座る裕太に近づいていくと、美乃理は気付いた。

 本来禁止されている携帯音楽プレーヤーを裕太はこっそり聞いていた。

 巧妙に制服の中を通したりして、イヤホンも髪でかくして――。

 そんな裕太を誰も気にも留めない。

 成績至上主義。告げ口したりはしないのだ。この無味乾燥な空気が特進コースなのだ。

 お互いに干渉しない。無関心の現れでもある。


「相変わらずなんだね、今聞いているのは、「アイシス」かな」


 洋楽グループの名を口にしていた。

 裕太は、大人ぶっているのかしらないが、洋楽を好んで聞いていた。

 特進コースの時代に、休み時間も休めずテスト勉強に追われていた稔は突然、裕太からイヤホンを耳にさされて「いい曲だろ」と聞かされた。


「お? あ……御手洗!?」

 

 声をかけられ、初めて裕太は美乃理の存在に気付いた。足を組んでだらっと座っていた裕太は急に足を直す。

 急な出現に驚いた様子をみせるので、ふふ、と笑った。


「ほら、生徒手帳。これ、裕太のだよね」


 一方の裕太はなんで話しかけられたのかわからない様子だった。


「あそこは、覗くには意外に見つかりやすいんだよ?」


 そっと耳打ちした。

 今の部の女子たちの雰囲気からの親切心からの注意だった。

 見たいなら、興味があるなら、次の公開練習があるから、その時にね。

 元々稔の時に自分も魅せられた一人だ。寛大でありたい気持ちがあった。

 ちょっと違うのは、もし自分が女子だったら……という仮定ではあるが新体操をしてみたいという思いをいだいてしまったことだ。

 別に最初から女の子になりたいという積極的な願望まではなかった。

 それに三日月先生の質問を受けてのことだ。たぶんに誘導されたのではないかという思いはあった。

 しかし……おそらくあの質問をぶつけてきたこと自体、三日月先生はあたりをつけていたのではないだろうか――。


「ち、ちげーよ、一緒にすんなって。この間の日曜の時に落として……」


 必死に覗きを否定する。確かに裕太はあの日、体育館のあたりをぶらついていた。ふらふらしているだけかと思ったが、探していたのかもしれない。手帳も確かに酷く汚れていた。


「あ、そういえば来てくれてたんだよね。隅の方にいて、ありがとう」 

「お、おう――頑張れ」


 名前も知っていて、さらに自分の存在を目に止めていたことに裕太は目を白黒させていたが――、美乃理は構わずにいた。


「じゃあ、これで戻るね」


 裕太に丁寧にも手を振った。


「なんで御手洗美乃理がお前のところにくるんだよ」

「俺にも紹介しろよ――」

「お前、わざと落としただろ!」

「しかも名前で呼んでたぞ、どこで知り合ったんだよ」 

「ち、ちげーよ、知らねーって」


 美乃理が教室を後にすると、背中から冷やかされる裕太と他の生徒とのやりとりの声が聞こえてきた。


「ふふ……」


 裕太が相変わらずだったことに、美乃理の顔に笑みがこぼれた。

 中等部という短い期間では合ったが、稔の時の数少ない、強い絆でなかったにしろ友人といえる存在だった。

 

 物を投げれば新体操部員にあたる。今の正愛の生徒事情を、忘れて油断してしまっていた。


「あ、先輩。何かいいことがあったんですか?」


 早速すれ違った後輩部員に声をかけられる。 


「え? うん、なんでもない」


 慌ててとぼける――。


「えー、なんですか。教えてくださいよぉ」

「内緒よ、内緒」

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