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第104章「ある少年の思い」

 今回紹介するのは、正愛学院女子新体操部。創部40年以上の伝統を持ち、昨年度、一昨年度のジュニアハイスクール選手権の優勝を始めるなど、近年目覚ましい活躍を見せている。

 輝かしい実績の裏では、厳しい練習があり、早朝と放課後、休日も彼女たちは鍛錬に励む。

 華麗なイメージがあるが、実際の練習は大半の時間を体力づくりや柔軟運動等基礎的なトレーニングの繰り返しだ。

 だが、部員たちの顔に悲痛な様子はなく、むしろ生き生きとしており、高梨部長によると退部者は皆無であるとのこと。

 その理由の1つは、ミーティングを欠かさず行い、練習メニューも話し合い、部員の自主性を重んじる方針にある。

 経験の無い新入部員への教育も上級生が割り振りをして、きめ細やかに面倒を見ている。


 大会での優勝経験もある御手洗美乃理さん(中等部二年)に、その魅力を聞いた。

―始めたきっかけは?―

「幼なじみの子に一緒にやろうって声をかけられて近所のクラブに入ったのがきっかけです」

―新体操をやって良かったことは?―

「新体操を通じて、新しい発見や出会いがあったことです。全てをやりきって観客席から拍手を貰って、喜びを仲間と分かち会えた時の感動が」

―逆に厳しいと思うことは?―

「新体操は技術面だけでなくて表現力も問われます。心身一体となった演技をするために、常に自分自身の心と向き合わないといけないことです」

―今後の目標は?―

「当面は夏休み明けの大会が目標ですが、もっともっと新体操を通じた新しい発見や出会いを自分が到達できるか、挑戦したいです」

 

 正愛学院新体操部は、夏休み明けの大会や、学園祭発表会に向けて部員一丸となって練習に励んでいる。

 御手洗さんを初め、正愛学院の新体操部員たち今後の一層成長した姿が楽しみである。

















「よ、健一、何読んでるんだよ」


 ぽん、肩を叩かれた健一はのぞき込んでいた雑誌から、はっと視線をあげ、後ろを振り返った。

 同じクラスのサッカー部員の白木良一だ。

 夏服の半袖のワイシャツから伸び出た日焼けした腕を組み、健一の後ろに立っている。

 雑誌を、食い入るように読んでいて、気配に気づかなかった。


 そこは花町緑が丘中学のサッカー部の部室だった。

 美乃理も、中学受験しなければ進学していた学校である。

 部室は、公立よろしく予算も貧弱で建物も古かった。

 ロッカーは酷くさび付いており、湿気も酷い。空調もなく、汗と埃の臭いが充満していた。掃除も滅多にしないので、誰のものかわからない潰れたシューズや、ボロボロのタオルが落ち、天井には蜘蛛の巣が張っている。


「なんだよ、りょう。びっくりするだろ――」

「声をかけたけど、答えなかったのは健一だろ。それより……」

「月刊ジュニアスポーツNOW」と書かれた雑誌のタイトルに視線を送る。


 学校が定期的に購入していて、図書室に置いてある雑誌の1つだ。

 最新号に美乃理の記事が乗っていることを、同級生のさやかから聞かされた。

 急いで放課後の図書室に直行して、月刊ジュニアスポーツNOW7月号を借り、部室で開いたのだ。

 主に中高生のスポーツ全般の話題を取り扱う専門誌、それをパラパラ捲ると、目当ての記事がみつかり、食い入るように読んだ。


「それ、正愛の御手洗美乃理ちゃんだろ」


 記事を覗き込んだ良一が、ずばりの指摘をする。


「ああ、そうだよ。りょうこそ、知ってるのか?」


 素直に認める。余計なことを勘ぐられるのもつまらないので、堂々と吐露することにした。


「もちろん、美乃理ちゃんって有名だぜ」


 良一はアイドル好きで、また自校他校に限らず、可愛い女子の話題が好きだ。

 だが、接点のない生徒まで美乃理を知っていることに、健一は複雑な思いがあった。 


「同じ中学生とは思えないよなあ。可愛くてスポーツも抜群って、神様は不公平だよな」


 いくつか、練習風景を撮った写真が添えられているが、そのうちの一枚は、美乃理が煌びやかなレオタードで、二本の棍棒を巧みに操りつつ、ハーフシューズでつま先立ちの片足を軸にしてバランスを取っている。

 滑らかな姿勢。生き生きとした表情。

 流石、撮っているのはプロで、写真から躍動感が溢れている。

 さらに健一は、細く締まった体に、少女らしい体の成長も現れていることを感じ取った。

 同じ子供だと思っていたはずの少女が、いつの間にか成長を遂げている。

 体の成長だけでなく、世の中から素晴らしい評価を得て名実共に飛躍している。


「こういう子と知り合うきっかけがあればなあ――、美乃理ちゃんってこの近辺に住んでるんだろ? ひょっとして健一は小学校の知り合いか?」


 どやどやと、他の部員がやってくる。制服から練習用のユニフォームに着替えるためだ。


「あー、しっかし、昨日は惜しかったなあ」

「いいところまでいったんすけどねえ、相手が麗光大付属だから簡単に勝たせてくれないっすよ」


 つい昨日の日曜日。

 緑が丘中のサッカー部は、男子サッカーの強豪、麗光大付属中と練習試合をして敗れた。

 善戦したとは思うが、最後は歴然とした実力差を見せられた。

 不真面目とかやる気が無かったわけでもないし、普通に実力を出しての結果に、悔し涙は出なかった。


「行くか、練習」

「お、おう……?」


 ちょうど良いタイミングとばかりに話を打ち切り、健一は静かに雑誌を閉じた。

 

 小学生からの記憶が呼び起こされる。

 健一が、新体操というスポーツがあることを知ったのも美乃理がきっかけだった。

 その後、数々の小学生の大会で優勝したことも、忍やさやかといった女子たちから聞かされ、すげえんだな、と気軽に声をかけていた。それがどれだけ凄いことなのかも知らずに――。

 美乃理が自分の近くにいる。それが当たり前の環境だと思っていたからだ。

 進学を機会にお互いに離れ、他の女子と接するうちに美乃理のような子はまずいないことを知った。


 あの不思議な雰囲気――。

 男子の裏の評判でも、クラスの可愛い子ランキングのぶっちぎりだった。

 なのに、女の子らしさを感じず、むしろ自分たちに近いものがあった。

 男の子みたいだと、失言をしたこともあった。

 怒るわけでもなく、何故か困った表情をした――。


 そして健一の後ろにいた――。

 遠い昔、サッカー遊びに誘った時。不安そうだが、嬉しそうについてきた。

 カードゲーム、休み時間のドッジボール。いつも美乃理はついてきた。

 あの時の美乃理は確かに自分を追いかけていた。

 だが、今度は自分が美乃理を追いかける立場に、なっていることを自覚した。

 それどころか、遠くに行きつつある。

 かつては毎日のように顔を合わせ、気軽に声をかけていた相手だったが今はそうではない。

 そしてそのことにとてつもなく不安な気持ちになっている。

 健一は、親友や仲間とは違う、異性として美乃理を意識している自分に気づこうとしていた。

 

 健一は腰を下ろしてサッカーシューズの紐を結び直す。

(健一もサッカー頑張ってね)と卒業式の美乃理からかけられた声が脳裏に響いた。

 感傷に浸ってる場合ではない。

 練習あるのみ。自分の実力がどこまでかはわからないが、せめて美乃理に恥ずかしくないように――。


今回も番外編的エピソード。前回、麻里でしたが今回は建一です。

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