第102章「二度目の卒業式②」
あたしは本当の美乃理じゃない。
忍の瞳が大きく開いた。驚いた様子ではあった。
しかし、すぐに美乃理の続く言葉を待った。
「ずっと黙ってたけど……シノちゃんには伝えたくて」
「どういうこと? 美乃理ちゃんが、美乃理ちゃんじゃないって……」
「あたしは……本当の私は美乃理じゃなくて稔、御手洗稔という男子高校生なの」
「なんだかよくわからないよ、美乃理ちゃんが男の子? 男子高校生って何のこと?」
美乃理はそこですべてを話した。自分の持っている記憶のすべてを
自分がかつて御手洗稔という男子だったこと。
受験に疲れ果て、万引きという過ちを犯したことも
そこで出会った三日月という教師の導きにより、新体操を知り、不思議な現象で、美乃理となってやり直していることも。
すべてを話した。
「罪滅ぼしのためかもしれない。いろんな人の期待を裏切ったあたしの……」
自分でも凄く不安だった。
女の子としてやり直してさらに新体操をするなんて――。
忍がいなければ、美乃理は、潰れていただろう。
学校、クラブ。いつも忍がいた。
そんな忍にいつしか、真実を隠すことが辛くなった。
だから今日という日に打ち明ける事を決意したのだ。
「男の子の感覚も覚えてる、欲情も覚えていて……記憶の奥底に、時々はっと戻るときがあるの。お風呂の時に自分の裸を見て――。着替えの時に他の子を見たりしてるとき……」
両方の手のひらを自分の前にかざすようにひろげる。
「ただ妄想を抱いている女の子に見えるでしょう? でも違うの。確かに実感を伴って胸の奥底からわいてでてくる……」
美乃理は俯いていた顔をあげた。
「おかしい? 気持ち悪い? 頭がおかしいと思う」
そして忍を見た。
軽蔑や落胆の表情があることも覚悟して――。
だが、そこにはいつもと変わらない微笑があった。
「そうだったんだ」
霧が晴れたようにすっきりとした表情だった。
「ありがとう、美乃理ちゃん。あたしに秘密を話してくれて」
忍は美乃理の肩に手を置いて一度視線を合わせた後に抱きしめた。
「しんじて……くれるの?」
「もちろん、ここまで真剣で一生懸命な美乃理ちゃん、新体操やってるときと同じだもん」
「ずっと一人で抱えて苦しんでたんだね、でももう大丈夫だよ」
「新体操を一緒にやる美乃理ちゃんが、あたしの美乃理ちゃんだから」
「いいの? こんな私でも」
「当たり前だよ、それが美乃理ちゃんなんだから」
「それが……あたし?」
「そう、美乃理ちゃんは誰でもない――前に男の子だったとしてもね」
「でも本当なら別の美乃理がいたのかも。シノちゃんは知ってるんじゃないかな」
「んー、実はね、その前の美乃理ちゃん、あたしもほとんど覚えてないんだ。あの時なんで美乃理ちゃんに声をかけたのかも――」
「だから、今こうして抱きしめている美乃理ちゃんが、全部、私にとっての真実なの」
二人抱きしめあっていた。
お互いの息づかいが聞こえる。
温もりが伝わりあう。
女の子と女の子――。
忍の匂いを感じる。忍も美乃理の匂いを感じた。
「でも……なんとなく、美乃理ちゃんには何かあるってことは気づいてた」
「そう……なの?」
「うん、むしろ納得できるかな」
「シノちゃんには、本当のことを、知って欲しかった」
「あたしには本当のことを話してくれたんだ。それで十分だよ、わたし」
「ありがとう……」
堪えていた涙があふれ出た。
喜びの涙、美乃理は何度流したことだろう。
たいていその場所には忍がいた。今も――。
言葉を交わさず、お互いを感じていた。
言葉は今の二人には、必要なかったからだ。
ほんの数分だったかもしれない――。
でも何時間のようにも感じた。
忍が美乃理のほっぺたにキスをした。
ようやく、離れた。
熱に浮かされたようにお互いをみつめた。
夢から覚めないように――。
だがそこからさめるように、忍がふと呟いた。
「でも、それって……美乃理ちゃんだけなのかな? 他にもいるのかな?」
首を傾げて、何気ない疑問のように尋ねる。
「う……」
鋭い。こんなときでもきちんと頭は回転している。
「ひょっとして……龍崎さんも?」
「あ……」
もうばれてしまった。忍の顔はそうなのか、という表情になっていた。
こういうやりとりは忍とやるとかなわない。
最初から対抗しようという思いもないが。
「大丈夫、誰にも言わないから」
「なんでわかったの?」
「龍崎さんと美乃理ちゃん、同じものを感じてたの。ふつうの女の子とは違う何かを――」
「じゃあ、どうしてその、三日月先生って人は、……美乃理ちゃんにしたんだろう?」
「え? それは……」
「新体操に向いてたからもあると思うけど……」
「柏原コーチも言ってたの。宏美さんと美乃理ちゃんの共通する点……他の子にはできない複雑な表現力……一つ一つが新鮮に満ちていて逆にはっとさせられる――。神様からの、禁断の果実をかじったような……。
こういう表現ができる子は他にはいないって……」
改めて忍の洞察力に感服した。
「シノちゃんには、叶わないんだな」
涙を拭きつつ美乃理は思った。これから学校は離ればなれになっても忍とは、心は一緒だ。新体操を通じて――。同じ場所に立っている。
「美乃理ちゃん、明日も一緒に練習しよう」
「うん」
お互い、手を握った。
まだ校門前に卒業生や、保護者が屯している方へ踵を返した。




