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第101章「二度目の卒業式」

今回は回想になります。

 小学校の卒業式。

 稔として参加したその時の感想は一言でいえば退屈だった。


「緑深き丘に建つ学び舎に、集う我ら――」


 古いとも新しいともいえない微妙な音調の音楽の校歌も、卒業証書の授与も、卒業の歌も――。

 受験が終わり、気力が抜けた状態の稔には感慨はなかった。

 式が終わり、教室に戻ってきたときも、名残を惜しむ相手もいなかった。

 周りの子は、6年間過ごした場所での最後の時間を惜しんでいた。

 稔は一人座っていた。誰も話しかけるものはない。

 ようやく、話しかけてきたのが建一だ。


「よ、御手洗。お前、私立中……せ、正愛? に行くんだっけ? お前とはあんまり遊べなかったけどさ……元気でな」

「うん……君たちも元気でね」

「がんばってね、御手洗君も――」


 女子が一人挨拶してくれた。それが忍だったような気がする。

 両親は仕事で不在だった。

 式が終わると、一人で家へ帰った。


 そして。

 二回目の卒業式。

 美乃理として、再びこの日を迎えた。

 着慣れないよそ行きのブレザーと灰色のスカート、胸元のリボンのついた赤い花。

 窮屈を覚えつつ、並べられたパイプ椅子に座っている。

 すぐ隣はさやかだった。

 そのさやかが、来賓席をこっそり指さした。


「あ、あの人市長さんだよ。こんな時だけくるんだよね、ああいう人って」


 やや笑った。

 卒業式の練習は何度も重ねたが、本番の空気はまた違う。

 ふとさやかを見た。

 水泳をやっているさやかは別の意味で締まった体つき。

 さやかも、また相変わらずだった。

 そのまま公立中学に進学するので離ればなれになってしまうが――。

 ちらりと後ろを振り返ると、後部にもうけられた保護者席に、美乃理の両親もいた。

 父は午後から仕事に向かうべくやはり、傍らに仕事の鞄を持っている。

 休みを取ったという母も、また新しく買ったハンディカメラを持っている。

 

「みなさん、ご卒業おめでとうございます――」


 校長先生の話も――同じだった。

 美乃理は、その段取り、流れを一々覚えていた。

 未来へ向かって夢を持って突き進んでほしいという話。長くて退屈ではあった。

 そしてその後、壇上で一人一人、卒業証書を受け取る。

 在校生の送辞。卒業生の答辞。

 呼びかけの内容も覚えている。

 女子のせいか、美乃理の持ちパートが変わっていた。

 先生たちへの感謝を語る部分が、「僕たち、わたしたちは思いでを胸に旅立ちます」というフレーズを健一と一緒に叫ぶ役割になっていた。

 全てが、同じで、退屈なはず。

 なのに――。

(どうしてだろう――)

 何故か美乃理の目頭が熱かった。

 卒業式で泣く自分に驚いた。

 

 意地悪されたことも楽しかったことも――。

 思い出が蘇ってくるのだ。

 女子として過ごした思い出が――。


 時には意地悪をされたこともある。 

 女子の濃密な友達関係は美乃理も圧倒された。

 恋愛にファッションに興味を持ち始める。

 噂は早く、情報は早く入ってくる。

 背伸びして化粧やメイクに手を出したり。

 変化は急激だった。 

 その中で美乃理は、新体操のおかげで、周囲からも一目置かれた。

 忍やさやかという仲間に支えられた面もある。



 戻ってきた教室で、卒業生となる女子たちから名残を惜しまれた。

 自分のクラスだけでなく他のクラスの子たちからも別れを惜しんでやってきた。

 美乃理は私立へ進学する。

 

「美乃理ちゃん、正愛でも、元気でね」


 一人の子とは握手をした。


「また会おうね」


 もう一人の子は抱きしめられた。


「一緒に学校にいるのがこれで最後なんて寂しいよ」


 涙を流す子には美乃理から抱きしめた。

 携帯、ネットもある。連絡のやりとりはできる。

 だが、直接顔を会わせる機会がなくなることは、寂しい。

 その中には、かつて美乃理に意地悪や悪口をしたことがある子もいた。

 その子とも握手をした。

 今になって、あれほど戸惑っていた「赤いランドセル」を手放すのが、名残惜しく感じた。稔の「黒いランドセル」との別れの差を感じつつ――。

 女子として過ごした6年間。とにかく一生懸命にやってきたが、今その築いてきたものの大きさに驚いた。


 最後の学級会も終わり、外へ出たが、そこでもまだ最後の挨拶や記念撮影で、保護者共々溜まっていた。

 その時――。


 美乃理は自ら足を踏み出し、声をかけた。


「シノちゃん、こっち来て」


 忍は、ちょうど先生たちと記念撮影をしていた。


「?」

「話したいことが……あるんだ」


 忍はただ頷いて、ついてきた。

 喧噪から遠ざかった、誰もいないプールと校舎の脇に来た。

 ここなら誰にも会話を聞かれない、そう思って美乃理が選んだ場所だった。

 とはいえ、いきなり忍に最初に切り出すのがはばかられて、別の話題をしゃべった。


「シノちゃんは、泣かないんだね……」

「だって、これからも美乃理ちゃんとは、新体操で一緒だもん」

「でも……共新中学には新体操部がないんだよね」

「実は……もう一人見つけちゃったんだ。この間、入学前の説明会で一緒になった子で、新体操をやりたいって子を、5人集めれば部を作れるんだって」


 小さく手でガッツポーズをしてみせた。

 人を五人集めることがどれだけ大変か今はわかる。けれども、忍にはできそうな気がした。

「これが私の新体操ってところを美乃理ちゃんにみせたいの、だから絶対に続けるよ」

「よかった」

「もう、どうしたの? 卒業してもあえなくなるわけじゃないのに。ひょっとして他に言っておきたいことが……あるの?」


 忍は既に美乃理の目的に感づいたようで、本題はもっと別の何か大切なこと伝えたいと察していた。


「シノちゃんに、話しておきたいことがあるんだ」

「何?」

「ずっと……隠してきたことがあるの」


 忍の顔が笑みから、真剣な表情に変わる。

 数秒の間、美乃理は沈黙した。忍も、美乃理がしゃべり出すのを待って、あえて沈黙したため、辺りに静寂が流れる。

 そして、ようやく美乃理は決意したように口を開いた。


「あたしは、美乃理は本当のあたしじゃないの」

ポイント、感想ありがとうございます。

近いうちに読んでいただいたお礼と100話到達の記念に何かやりたいと思っていますので、よろしくお願い

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