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第10章「美乃理(みのり)と夢と朝」

「美乃理……美乃理」


 誰かがボクを呼んでいる。


「あ……」


 気がつくと目の前に、綺麗な女性がいた。

 あの人だ。

 あの時計の部屋に飾られていた肖像画の人。

 あの時計の部屋で眠っているうちに、ボクはあんなことになった。

 そしてこの人に誘われる夢を見た。

 

「なんでボクをこんな姿にしたんですか」


 問うたが、何も答えない。

 ただ優しく微笑むだけだった。

 そのすぐ横に、女の子がいた。

 その少女も可愛い容姿だった。

 綺麗な少女だ。ボクと同じ髪が長くて、ボクと同じような顔立ちをしている。

 ボクよりも年下で中学生ぐらいか。

 いや、今のボクは……小学一年生だから年上だ……。

 君は……。

 女性に促され、おずおずと、ボクの横にやってきた。


「君は……」


 女の子はそっとボクに近付いてきた。


「ごめんなさい……」


 少女は一言ポツリとボクに言った。


「ごめんなさいって……どうして謝るの?」

「本当は会えないはずだったの。どうしてもあなたに会いたかった――」


 その目はとても澄んでいて、そして懐かしそうにボクを見つめている。


「でもこれは、あなたの願ったことでもあるの」

「ボクが……? 君に?」


 確かに思った。新体操部で、過ごした一ヶ月。

 この子は一体……。


「ずっと、ずっとあなたのことを見ていた―― あなたのことを愛していて、あなたに会いたくて、だからあの人に、お願いしたの」


 少女は、あの肖像画の女性の方を振り返る。


「ボクのことを?」


 少女は、ボクのすっかり長い髪の毛を触った。最初は、耳の上の部分から、まとめ上げ、ゆっくりと結いてゆく。

 後頭部の辺りで止め、ポニーテールにした。


「まだ会えない。まだその手に触れられないけれど、確かにあなたのそばにいるの――」


 君は一体……。

 何かさらに、その少女に問いたかったが、急速に意識が遠のく。

 少女も肖像画の女性も、その姿が霧のように薄らいでいく。

(待って、聞きたいことがあるんだ)

 だが、世界が白く覆われていく――。


 ボクは、ボクは……。



 ジリリリリ。

 けたたましく鳴る目覚まし時計。


 美乃理が目を覚ましたのはベッドの上だった。

 毛布にくるまれてにいた。

 うるさい目覚ましをとめるべく、布団から手を伸ばした。

 あれ?

 手に取った目覚ましは、ネズミのキャラの目覚まし時計だった。

 こんなのだったっけ?

 目覚まし時計は、もっと少年マンガのキャラものだったような気がするけど。


 徐々に意識が戻ってきた。

 夢……か。

 何だったんだろう、今の夢。綺麗な女性と少女。どこか懐かしくて、どこか寂しげで――。

 ゆっくりと体を起こす。

 その途端に、頭に微妙な重みを感じた。


「!?」


 長い髪の毛が背中で揺れる。体にまとわりつく。

 立ち上がると、目線が低いー。背が低くなっているせいか、家具や部屋が大きく感じる。

 パジャマも白地にピンクや赤の動物模様が描かれたものに変わっている。

 より鮮明に昨日の記憶が戻ってくる。


 夢じゃなかった。


 ボクは女の子になった。


 美乃理は、一気に昨日の記憶を思い出した。

 眠って目覚めたら元の稔に戻っているかもしれないと眠りについたけれど違った。

 稔は未だにこの姿のまま。

 少女ー美乃理――一年生――

 

 窓の外で鳴く鳥の声。

 子供向けイラストで描かれたカレンダーは、10年前の日付だった。

 勉強机に、赤いランドセルが鈍く光る。

 今日はまた小学校に登校しないといけないはずだ。

 時間は七時。まだ時間は十分ある。

 階段を下りて洗面台に向かう。

 鏡にはあの少女がやはり映っている。

 眠そうな目をして……。

 いつもの日課どおり、顔を洗い、歯を磨いた。


「うわ……」


 髪の毛が想像以上にボサボサだった。 

 長い髪があさっての方向に乱れ、うねり、そりかえっている。

 洗面台に置いてある見慣れない小さな櫛とドライヤーで長い髪の毛を梳かす。

 量が多くて、想像以上に手間取る。

 昨日寝る前までは、綺麗な髪だと思っていたのに、たった一晩寝ただけでこんなになるなんて――。

(毎朝女の子はこんなことしてるのかな……)


「ええと……」


 どうやらこうやら髪を整えキッチンに向かうと、朝で冷たくなった空気がひんやりと体を撫でる。

 やや身震いした。

 冷えやすくなっているのかな……。それは幼い子供の体のせいか――。女性の身体のせいなのか――。


 母さんはまだ戻ってきてない。

 いつもみのるが登校した後に帰ってくるから、いないのはわかっていた。

 いつもどおりパンやジャム、牛乳を取り出し暖める。

 一人で済ませる朝食。ずっと稔がやってきたことだ。

 これからも美乃理でもこうやって過ごすのだろうか……。


 短い朝食を終わらせ着替えようと再度自室へ向かう。

 クローゼットを開けた。


「うわ……」


 ある程度予感がしていたけれど、想像以上にバラエティーにとんだ服揃えだ。

 ワンピースやスカート、ブラウスといった稔も知っている種類の服の他にどんな種類なのかわからない服がいっぱいある。

 どれもこれも可愛い年相応の衣服だった。


 どれを選べばいいんだろう?


 ファッションセンスとは無縁だったみのると違って、量も種類も豊富だ。

 スカートを一日穿いていた昨日を思い出した。

 股間がやたらと涼しくなる、あのひんやりとした感覚……。

 ズボンの方がいい――。

 デニムのショートパンツを選んだ。

 これなら、半ズボンと大差ない。


「ん……?」


 考えた末に着る服を決めたその時に美乃理は、ある感覚を覚えた。

 下腹部、股間のあたりに違和感があった。

 戸惑いとともに、股間をすぼめる。


「まさか……この感じ……また」


 二度目だから、すぐにアレだとわかった。

 だが昨日よりも強烈だった。

 感覚に顔をゆがめる。


「まずいよっ」


 美乃理は、パジャマの姿で悲鳴と共に部屋を飛び出す。階段を駆け下り、家のトイレに駆け込んだ――。

 股間を抑えて、内股で。

 母がいたら注意されただろう。なんですか、女の子がみっともない。

 さっき整えたばかりの長い髪がやや乱れてしまった。


……


……


……


 やがて、すっきりした顔でトイレから出てきたみのり

 やり方は一度体験済のため、どうするかは覚えていた。

 だが、再度の体験にもかかわらず美乃理はまた顔を赤らめていた。


「なんでこんなに不便なんだろう……女の子って」

 

 呟いて、しばし放心状態のまま佇んでいた。

 衝撃の体験は、少し時間を要した。

 やがて、耳に、ピンポーン、と呼び鈴が鳴って美乃理の意識が戻る。

 インターホンにでると、あの聞き覚えのある黄色い声がした。


「おはようございます! 美乃理ちゃんいますか?」


 声の主は忍だ。

 美乃理の家に忍が出迎えに来た。

 美乃理は驚いたが、昨日のことを思い出すに美乃理と忍は切っても切れない間柄だということがわかっていた。

 だから、よくよく考えてみれば意外でも何でもない。


「え? あ、あの」

「あ、美乃理ちゃん。おはようっ」

「あーーシノちゃん、ちょ、ちょっと待って」


 とにかくそれらしい下着や上着を箪笥から引っ張り出し着込む。

 慌てて身支度をして、ランドセルを背負う。

 靴を穿いて、ドアを開けると、昨日の、あのおかっぱ頭の女の子が待っていた。

 小さな体に赤いランドセルを背負い、黄色い帽子を被っている。


「おはよう、美乃理ちゃん」

「お、おはよう、シノちゃん」


 昨日のように明るい笑顔だった。


「今日も、美乃理ちゃんのママいないんだ……」


 一瞬、忍の顔が曇った。


「え? あ、うん」


(シノちゃん、よく気がつくなあ)


「行こう!」


 忍が小さな手を差し出した。やはり女の子らしい柔らかい手だった。

 美乃理は、その手を取った。

 そして、手を繋いで道を歩む。小学校を目指して――。


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