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思い出~バレンタイン編~

作者: 鈴音ナル

 今年もまたこの日がやってくる。去年は晴れ、その前は雨。今年は……


「今年は雪か……」


 俺が彩香と知り合ったのは高校生のとき。べたかも知れないけど、入学式で見かけ一目惚れをしてしまった。そのときは、少し前に家族と離別していたせいかその感情が「恋」だと気付かなかった。


 ただ、彩香と多くのイベントを経験して、俺の抱いていた気持ちが恋だと気付くまでにそんなに時間は要らなかった。そして高校二年生の文化祭が終わった後、俺は彩香に告白した。生まれて初めて一番勇気を使った瞬間だと思う。それでも俺はこの気持ちを彼女に伝えないなんて事はできなかった。ありのままの彼女を見たいと思ったし、いままで誰も好きになることは無く、恋愛経験はあってもいつも惰性で付き合っていた俺には初めて抱いた気持ちだった。


 彼女の返事を待つ間は永遠のときのように感じられた。俺は最初彼女に振られると思っていた。なぜなら彼女は、文化祭のミスコンを二年連続で制覇できるぐらいの容姿……俺にとって高嶺の花だから。でも彼女から帰ってきた答えは……


「え…と、私でよければ。というより、私もあなたのことが好きでした。だから……付き合って」


 たったこれだけ。文字にすると三十文字いくかいかないか位の短い答え。それでも俺にとって望みうる一番の答えだった。


 こうして俺たちは付き合い始めた。付き合ってみて判ったことは彼女は恋愛経験が無いと言うこと。俺にはそれが意外なことに感じた。意外でもそれがとてもかわいく感じられた……付き合っているからかも知れないが。ただ、俺がその理由を知るのはそう遠くない未来だった。


 そして、俺たちが付き合い始めてから始めてのバレンタインがやってきた。その日は平日で生憎の雨。いつもなら憂鬱な気分になる天気だったが、この日はそんな気分になることは無く、俺は一日舞い上がっていた。どんなチョコがもらえるのだろうとか、その後どうしようかとかそんなことばかり考えていた。そのせいか退屈な教師の授業も、いつもなら面白いはずの教師の授業も全く耳に入らなかった。それでも教室の中で顔を合わせるのは恥ずかしく、彼女に話しかけることはおろか彼女の顔すらまともに見れなかったが。


 放課後。二人は示し合わせたかのように今は使われていない教室へ足を運んでいた。今日初めて過ごす二人だけの空間……少しの緊張と期待、そして恥ずかしさをまぜこぜにした…空間。俺は自分の顔が見れなかったが、彼女の顔が朱に染まっているのを見る限り俺もそうなのだろう。彼女は手に持っていた鞄を床に置き、中から綺麗に包装されたハート型の箱を取り出し、少しためらってから俺に渡そうとして……俺がそのチョコを受け取ることは無かった。


 彼女が倒れてから数時間後、俺は彼女の両親と病院の待合室で会っていた。最初怒られるかと思っていたのだが、俺にかけられた第一声が「いつも娘がお世話になっています」だったことに安心し、その後俺と両親は彼女が寝ている病室へ行った。


 病室に入った途端、俺は見慣れたはずの彼女の顔から目を背けようとした。最初は彼女と両親が話していた。少しして、両親から「あなたに話したいことがあるそうよ」と言われ俺は彼女の前まで行った。そして、彼女は蚊の鳴くようなか細い声で話し始めた。


「ねえ、入ってきたとき目を背けようとしたでしょ? 」


「…………」


「ごめんね。今まで言えなくて……私ね白血病なんだ。いままでいろいろな治療をしてきたけどもう駄目みたい……」


「そんな……駄目だなんて簡単に言うなよ! 俺はもっと彩香と一緒にすごしていきたいんだよ! 」


「ううん、自分の身体のことだから……私が一番わかってる。もうこれ以上……いままでは騙し騙しやってきたけど…もう持たないよ」


「っ……弱気になるなよっ! 俺はお前のそんな姿見たくないんだよ。どうして……どうしてそんな後ろ向きなことしか言わないんだよっ!! 」


「あのね、私ねこうして付き合えて嬉しかった。あの時、ありのままの私が見たいって言ってくれて……とても嬉しかった。今まで何度か告白はされたけどみんな私の容姿しか見てくれなかったから。だけど……ねえ樹君、私の最後のお願い聞いてくれる? 」


「だから……どうして最後なんて言うんだよ。いくらでもお願いを聞いてやるし、お前が寝たきりになったとしても俺が一生支えて生きてやる。でも最後だなんて言わないでくれよ」


「私……樹君とキスしたい。元気なうちにしとけばよかったんだけどね……今してくれる? 」


「そんなこと……」


 俺は……彼女の「初めて」を奪った。


 それから彼女は俺に生気を吹き込まれたかのように生きた。会うのは病室でだったけど、天気のいい日には散歩に行ったり、彼女が学校に戻ってきても大丈夫なように勉強を教えたりした。時には、クラスメイトからのビデオレターを持ってきたりもした。


 一年後、再びバレンタインの日。俺と彩香は思い出の教室で、ちょうど二年前に俺が告白した場所で会った。数日前から少しづつ彩香の体調が悪くなっていっていて人工呼吸器を持っての外出だったけど、どうにか外出許可を取って俺が連れ出した。そうして、俺たちは一年前そうしたように再び唇を重ねた。そして……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ないです…… でも、この2人にとっては限られた時間でも幸せなんですかね……
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