06 不審な物音
どこかぼーっとしていたハルが、はっとしたように斜め下を見下ろした。
何かあったのかと釣られて同じところを見ても何もない。何もないというか、半透明の白と灰色と藤色のマーブルの向こうにあるのは氷にコーティングされたような不揃いな壁と床だった。どこが違うのかさえわからないのは、この大きくて丸い空間の外側の様子など記憶の片隅にも残っていないからだ。
ハルを見ればどこか緊張した顔つきでパジャマをきゅっと握っている。
視線は外を向いたままだけど、信頼はここにある。そんな様子にじんわりと嬉しさがこみ上げた。
『ミチル、いまから透過と防音の魔法をかけるから驚かないでね?』
そう言ったハルがこちらに首を伸ばすと、キスをするようにほっぺに鼻先をふれさせる。
その瞬間、ハルと私のまわりに一つのシャボン玉のようなものが現れて見えなくなった。
・・・いまのがハルの魔法。魔法なんて初めて見たけど、とっても可愛いハルの魔法はとっても可愛い。ほっぺにちゅ、でシャボン玉がふわん、なんて。
うふふ~と一人ほのぼのしていたが、ふいに重要なことに気がついた。
ではハルが私以外の他人に魔法を使うときはどうするの?やっぱりちゅっなんてしちゃうのか!?待て!待て待て待て!!それは許さないよハル!!私以外にそんな魔法を使わないで!!
ハルの脇に差し入れた両手の指先に力が入る。瞬間、どす黒い感情が口から出そうになった。
『大丈夫だよ?心配しないで。ミチルのことはぼくが守るから。』
振り返って心配そうに見上げるハルに、それ以上は言えなくなってしまう。
答える代わりにハルをなでなでして、ぎゅっと抱き締めた。
ハルも短い腕を伸ばして抱きついてくる。ハルが心配してくれてるのはわかってたけど、いまは顔を見られたくなかった。酷い顔をしているに違いないから。
しばらくすると、遠くからガシャンガシャンと複数の金属がぶつかるような音が聞こえてくる。それは先ほどハルが見ていた方向だった。何かが近づいてくる。それも威圧的に。まだその影さえ見えなかったが、ハルの様子からしてそれは近づきたくない相手だと推測できた。
・・・もしかしたらハルをいじめにきたやつかもしれない。ハルに非道いことをしたら許さない!末代まで呪って祟ってハルに赦しを請わせてやる!できなくてもやってやる。苔の一念岩をも通すのだ!!
さらに近づく物音に、焦る心でハルをさらに抱き締める。
魔法のある世界だ。もしそんなもので攻撃されたらどうしよう?まだまだ若くて可愛いハルが自分の身を守れるだろうか?無理だ!名前もまだなかったような幼いハルを守らなくては!!そう気づいた瞬間、物音のほうに背を向けハルを庇う。
そのときだった。ドオオン!!という何かが爆発したような音があたりに響く。その音を背中で聞き、ぎゅっと目を瞑るとしっかりとハルを抱き込んだ。できるだけ覆い隠すように。
爆音に気をとられていて、ガシャンガシャンという規則的な音が、思いのほか近くで聞こえたことにドキっとした。冷や汗が流れる。それでも確かめなければならない。
ゆっくりと振り返った先には、黒尽くめの怪しい一団がいた。