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ハルミチル  作者: ねむこ
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02.5 王子は苦労人(王子視点)




「一年ぶりか・・・」


腰掛けていた椅子から一人の男がゆっくりと立ち上がる。

睨みつけるように見下ろした視線の先には、一糸乱れぬ隊列を組んでいる黒い騎士鎧を纏ったものたちと、少し離れて並ぶ黒いローブ姿の一列があり男はただ静かに瞑目する。

やがてそこへ向かうために自らも黒いマントを羽織ると、靴音も高く前へと進んだ。




受け継がれる玉座。


終わらない鎖。


伝え続けられる一つの真実。




あの日。

先王が玉座を退く前日。

先王の言葉に現王は絶句した。

それは王にのみもたらされる驚くべき真実。

しかし現王は武に疎く、どちらかといえば政に向いているといえるような男だった。

あれに武など関係ない。

頭ではわかっていても現王は耐えられず息子に漏らしてしまう。

息子は文武に優れ、またものごとを冷静にみることのできる若者だった。

民からも慕われ、その甘い容姿に多くのものが憧れる。

さらりとした金髪、理知的な青い瞳。

名をルシオン=クェスト=アルフラーレン。

アルフラーレン聖王国の第一王子にして次の王となることが既に定められた運命の王子。



伝えられたのは一つの真実。


それは断ち切れない鎖。


永劫の枷となる玉座。






黒いマントを払い、ルシオンは居並ぶものたちを見渡した。


「これより、ロフリアの頂にある氷の洞に向かい、古代種封印結界の修復と更なる補強を行う。

 みなのもの、世界を滅ぼしたくなくば気を引き締めてあたれ!」

「「「はっ!!」」」


一瞬で誰もが死を覚悟したように空気が重くなる。

その背に負ったのは世界の命運ともいえるもの。

しくじれば世界が滅ぶ。

いや、消えてしまうかもしれない。

一行がただならぬ空気をまとって向かう先はロフリアの頂上近くと結ばれている転移陣。

アルフラーレン王宮の奥の奥、その奥庭にある転移陣への階段をのぼる息子を見つめて、現王は一人ため息を吐く。

今年も息子たちが無事に戻ってくるように女神に祈りながら。



転移陣の紋様に沿って淡く輝いていた緑色の光がゆっくりと消える。

ルシオンと騎士たちは、転移陣の階段を数段下りて洞窟の凍りついた床に立つと周囲に視線を走らせた。

もう一度あたりを見回し小さく頷くと、背後に控えていた魔術師たちが階段を下りはじめる。

手狭な洞窟は転移陣が機能するだけの広さだった。

入り口の天井には氷柱が何本も生え、床は厚い氷と化している。

おかげでごつごつした岩場を歩くような不便さは解消されたが、あまり長居をしたい場所ではなかった。


「予定通り黒竜騎士団のうち、お前たち五名はここに残り転移陣を守れ。

 他のものはオレとともに古代種のもとへ向かう!いいか!!くれぐれも気は抜くなよ!!」

「「「はっ!!!」」」


ロフリアの頂まではもうしばらくかかる。

幸いここには古代種が封印されているためか魔物も出ない。

あるとすれば雪崩くらいで――そのとき、ゴォォォという低い地響きのような音とともに転移陣のある洞窟の入り口が雪に埋もれた。


「「「・・・・・・・・」」」


あたりに沈黙が落ちる。

ルシオンは僅かに俯き小さく舌打ちをした。

今日は一年に一度の古代種を封印している結界を修復しなおす重要な日。

日程をずらすこともできず、今日でなければならなかった。

この国が、王たちが500年近く続けてきたものを、ここで終わらせるわけにはいかない。

これが失敗すれば待っているのは世界の破滅。

その命運を前に魔術師の魔力を無駄に消費するわけにはいかないが、ここに留まってもいられないと判断したルシオンは魔術師に小さな明かりを灯させた。

なるべくあれの存在を知られたくはない以上、よほどのことがないかぎり王都へ戻って援軍を求めることはできない。

今日ここに連れてきたのは古代種の存在を知るごく一部のものたち。

実力も信頼も十分に兼ね備えた精鋭中の精鋭。

魔術師の灯した明かりの中、他の騎士同様自らも剣の鞘を使い雪を掘り出していく。

瞬く間に入り口近くは雪の小山ができ、防寒用の厚い手袋は重くなった。



初めて古代種を見たあの日。

父王がともに来てくれと、本来ならば知り得なかった真実を知った日。

一言で言えば衝撃だった。

今まで御伽噺と思っていた存在がそこに在ったこと。

その大きさも。

天井が高いはずの城の三階あたりを見上げるほどの巨体。

そして石化してなおその身にまとう威圧するかのような濃密な魔力。

近づくことさえ憚られるその重圧に、我知らず一歩さがっていた。

そんな水晶と氷に守られし、石化した古代種を包んでいるのは古の魔術師たちが施したとされる頑強な結界。

それは白とも灰とも紫ともいえる、だが混じりあうことのない色をした不思議な結界だった。

その結界は、石化した古代種を砕こうとした十二代前の王の精鋭揃いの魔術師たちの攻撃すら凌いだという。

以来、無理に傷つけて目覚められるよりは―と、結界を張りそれを強化し続ける道をとることになった。


雪を掘り進めながら少し過去に浸っていたルシオンが一筋の風を感じ、顔を上げた先には僅かに太陽の光がのぞく。

あれを悪意あるものに利用させないためには今までと同じようにこれからも隠し続けるしかなかった。




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