10 最後の古代種としての選択
黒ローブたちが杖と手を高々と掲げて呪文を唱えだす。
しばらく意味不明な言葉でもごもご唱えた後、杖と手をクロスさせると赤く発光した線が床の魔法陣から伸びて氷の壁を蔦のように伝って広がっていく。ぐねぐねとした模様を描いていたその赤い線が壁を一周して魔法陣の反対側に触れた瞬間、魔法陣が一際赤く輝いた。
ふうっと全ての赤い光が消えると、それを見届けていたらしい黒尽くめたちが帰って行った。
入ってくるときに爆破して作った穴から。
掃除もしなければ直して帰りもしない。
『これでまた一年くらいは来ないよ・・・』
その静かな声に腕の中のハルを見ると、どこか遠くを見ているような様子だった。
ぼんやりと黒尽くめを見送るハルの目を片手で塞ぐ。
あんなのハルが見送る必要なんてないよ。
あんな礼儀知らず頭痛と腹痛と水虫で寝込んでしまえ!そしてお粥を食べて舌を火傷するといい!慌てて水を飲みに行く途中ではタンスの角に足の小指をぶつけて泣け!泣き喚け!泣いても赦さないけど!もう二度と来なくていいから!一生来なくていいから!!
黒尽くめたちの背中に念入りな怨念を一回ずつ、黒ローブたちにはさらにもう一回ずつ送ってからハルの目の前から手をどける。
よし。まずはお互いをよく知るための取っ掛かりとして年齢の話題が無難よね。
ハルの意識をこっちに向けるように抱っこしなおす。
「ねえ、私は今年25歳になったの。ハルはいくつ?」
だいたいの予想としては10歳前後かな?
ちょっと考えるように小首を傾げたハルが、小さな両手で指折り数えてる。もーすごいかわいい。
ああ、この無防備なお腹にはぶぶぶってしてみたい。ハルが呼吸するたびに上下するお腹の誘惑は半端ない。
私の鼻息が少し荒くなり始めたところで、ハルが両手を前に突き出して手のひらを広げて見せる。
指の数が年の数。そういう意味であろうその行動は子供で、内心ほくそ笑む。
『うーーん、しばらく数えてないから正確にはよくわからないけど、たぶん100は越えてると思うよ?』
「100!?ハルは私より大人だったの!?・・・ご、ごめんなさい、年上ぶって・・・」
『えっ、あ、ち、違うよ!ぼくの100歳はまだまだ子供だよ!きっと!』
予想を遥かに超えてたけど、焦ったようにぶんぶんと首と両手を振るハルは本当に子供っぽい。
そうだよね、大人の竜だったらなでなですりすりとか嫌がりそうだよね。私に触るな人間が!とか。しかもすっごいプライド高そうな気がする。噂のツンデレとか言ってる場合じゃない。愛を育む前に命がなくなりそうだ。
良かった!ハルがまだ子供で。いまからスキンシップに慣れてもらえば・・・ふっふっふ、あーんなことやこーんなこともいずれ思いのままよ!らぶらぶ結婚生活のために私はやるわ!
薔薇色の未来を思い浮かべながらハルの片手を握ると、そうだよねーとハルのほっぺにすりすりする。
では次の話題よ。次は・・・うーん、ご趣味は?って聞いても最近は何もできなかったんじゃ・・・あ!もっと重要なことがあったじゃない。
ハルの心を抉るかもしれない、重要だけど憂鬱になる質問が。
聞いていいのかなあ・・・?でも聞かないとわからないしなあ・・・
ハルを撫でながら様子を窺う。
「ハル・・・ハルは、いつからここにいるの?」
ぴくっと揺れた小さな体が少しだけ硬くなる。
ハルがその頃を思い出しているのかパジャマのお腹あたりに視線を落としていく。
ゆっくり戻ってきた視線は少しだけ暗くて泣きそうに見えた。
『産まれてしばらくしてから、かな。』
「・・・一人で?」
『うん・・・』
泣きそうに見えてもハルは泣かなかった。
でもその落ち込んだ答え方が全てを物語ってるのよ!一人は寂しいはず、しかも100年も!!
ぎゅううっと抱き締めてぐりぐりすりすりして目一杯キスする。最後にしっかりと胸に抱き締めなおした。
100年も一人でいたなんて・・・
しかも年一回来るらしい黒尽くめたちはあんな殺伐とした状態だから話し相手にすらならないし。
あんな空気の中で一人でいたなんてハルが不憫すぎる。
そもそもどうしてハルを怖がるのか私にはわからなかった。こんな可愛いハルのどこが怖いというのか。そりゃあ元の大きさはちょっと大きかったけど、ハルは暴れん坊でも喧嘩っ早いわけでもないのに。
避けては通れない質問、よね。それにこれから先ハルと外出するためには知っておかなければならないことだと思うし。
「あのね?今からまたたぶんハルが傷つくことを聞くけど嫌いにならないでね。お願い!」
しばらくして腕の中でこくりと頷いたハルにゆっくりと問いかける。
「・・・どうしてこの世界の人間は・・・ハルが、怖いの?」
そっと伏せた海色の瞳がわずかに翳っていて何かを堪えるように小さな両手を握り締めている。
やっぱり聞かれたくないことだよね?ごめんね、ハル・・・
ハルの手を握り締める。少しでもハルが怯えなくてすむように願って。
きゅっと握り返してきたハルの小さな手は少しだけ震えているようだった。
『・・・今からずっとずっと前、ぼくが産まれて少し経った頃に大きな争いがあったんだ。ぼくは興味がなかったから加わらなかったけど、それは古代種というぼくと同じ種類の竜の間で起こったものだった。何の前触れもなく突然起こった古代種同士の争いは日毎に激しくなって、いろんなものが壊れたよ。街も、お城も・・・地形が変わってしまったところもたくさんあった。争いは五日ほど続き・・・そして、ぼく以外の古代種たちはみんな滅んだ。骨も鱗も、彼らのものは何も残ってなかったよ・・・そんな、世界を壊せるくらいの力があるものたちと同じ血を持つぼくが、人間は怖いんだ。仕方ないよね・・・だからぼく、ここでずっと石になってようと思ったんだ・・・』
ぎゅっと握ってたハルの手に少し力をこめる。
ハルがそっと見上げてきて、ぼくのことが怖い?と聞いてるみたいだった。
「私はハルが何であっても全然怖くないから!古代種でも新種でもどんと来いよ!それにハルはその事件にこれっぽっちも関係ないし、もーそんなことなら私の方が断然怖いじゃない!いーい?ハル。きっとハルが思ってる以上に私はハルのことがとっても可愛くてかっこよくてこのお腹のラインとか堪んないとか思ってるような変態よ?ハルの可愛さにすぐノックアウトされて、いい大人なのに鼻血も出しちゃう。見てよこのパジャマ。血まみれでどんな惨劇に遭ったのかと思われちゃうよ?あとは鼻息が荒くなるのは当然でしょ?それにすぐハルに触りたくなるし、無意識でも触ってる。ね、怖いでしょ?こんな危険人物なんだよ?それでも私が好き?怖くなった?」
じっと覗き込むとハルがふるふると首を振った。
『どこも怖くなんてないよ?それどころかそんなにぼくのことを想ってくれてたなんて嬉しくて、ミチルのことがもっと好きになった。一杯好きになったよ?一杯大好き!!』
ぎゅっと胸に抱きついてぐりぐりとおでこを擦り付けるハルの頭を撫でる。
「ハル、一杯大好きっていうのはね、愛してるっていうのよ?」
『あいしてる?』
「そうよ?私はハルのことが一杯大好きで一杯幸せにしたいの。これが愛してるってことなのよ?だから私はハルのことを愛してるって自信をもって言えるわ。」
抱き締めていたハルを見つめる。
「ハル、愛してるよ。」
そう言ってちゅっとハルの口にキスをするとハルがまん丸な目をして見上げていた。
そのまま数秒固まってたハルが両手をあわあわ意味もなく振り回すと、ぱっと自分の口を押さえる。
驚きと恥ずかしさがない交ぜになったような様子と緊張したようにぴんと伸びたしっぽが可愛いすぎる。こういうのが目の中に入れても痛くないってことかと実感していると、せわしなくぱちぱちっと瞬きしていたハルの両手が伸びてくる。
小さな両手がほっぺに触れると、意を決したようにハルがぎゅっと目を瞑った。
『ぼ、ぼくもミチルを愛してる!』
ちゅっとキスをした後とっても恥ずかしいことをしちゃったと言わんばかりに、うきゃあぁとか言って短い腕としっぽでで頭を隠そうとしてるハルを目一杯抱き締める。
もーこんな可愛いの絶対手放してやんないんだからーーー!!!