09 人間の結界
当然私もハルに誓ったのはいうまでもない。
私の唇はハル専用、オンリーハルだ!!
向こうからは見えていないうえ聞こえていないとわかったので遠慮なく黒尽くめたちを観察する。
氷に囲まれたハルの部屋は、もともと大きかったハルとその周りを取り巻いていたマーブルのさらに倍はある広さだった。広さだけで天井まではあんまりない。
マーブルからけっこう離れた広い場所で、魔法使いのようなローブを着た黒尽くめは広範囲に散らばり、しゃがんで床をガリガリすることに一心不乱になってるし鎧を着た黒尽くめたちはそれを邪魔しないような感じで壁際に点々と並んでいる。
・・・ダメだ。観察してみてもさっぱりわからない。
「あいつらはしゃがんで何やってるの?」
ひとんち来てまで落書きなんて一回叱ったほうがいいんじゃない?
言葉が通じなくても床を指差してバツ印でもしてみせたら通じないかしら?
『あれは前の人間たちが作った魔法陣を直してるんだよ。』
魔法陣?と思いながら、ハルから黒ローブに視線を移すと必死な様子でまだ作業中だ。もしかしたら壁爆破のあとあたりからずっとやってたかも・・・いくら思い出そうとしても金髪と理解不能な微妙言語しか思い出せなかったけど。黒ローブたちのしゃがんだ位置からみて、これが一つの魔法陣だとしたら直径がかなり大きなものに見える。
『時間が経って魔法陣の線が細くなったところを、ああして氷に深く傷をつけてそこに特殊な魔法液を流し込むことで元の形に修復してるんだ。しかもその魔法液には一つ制限があって、効力を失う前に次の魔法液を注がないと魔法陣自体消えてしまうから、一年くらいでやり直す必要があるらしいよ。』
「ハルは物知りね!」
『・・・え、えと、ぼくがここにいる間、その、人間がちょっと話してたから・・・』
うりうりぐりぐりしてから聞こえた、ハルの寂しそうな声に胸が締め付けられる。石になってどれくらいここにいたのかはまだ聞いてないけど、きっと一人ぼっちだったんだ。そんな気がする。ぎゅっとハルを抱き締めて、頬をハルのおでこにくっつけた。
「一体、何をする魔法陣なの?」
聞いてはいけないのかもしれない。心臓が軋んでるように痛くてなんだかよくない予感がする。それでも聞いておくべきことだと思う。
『・・・ぼくを・・・起こさないためだよ・・・』
やっぱりかー!黒尽くめー!!始めから胡散臭いと思ってたんだよ!黒尽くめだし部屋に入るにしても爆破だし、あいつらこっち側見ても友好的じゃ全然ないし!
きゅっと握った小さな両手を見つめたままハルがうなだれていく。
小さな体がさらに小さくなったみたいに。
『仕方の無いことだけど、人間はぼくが怖いんだ。それに、いくら石になっててもぼくが何らかの原因で起きるかもしれないと考えたんだろうね。なるべく外からの刺激を与えないように武器、魔法、人間はもちろん、動物も魔物も何も通さないように設定されてる。』
少し悲しそうに笑ったハルがどんなに孤独だったかなんて想像もつかない。つかないけどこれからは私がいるって伝えたい。伝えたいけど言葉だけじゃ薄っぺらな気がして、少しでも長く一緒にいられるように願う。あと寿命を延ばす魔法とかアイテムを探さないと。ハルと生きるには何百年何千年単位かもしれないけど・・・延ばす。延ばしてみせるよ、ハル!私の目的はハルだから!いろんな意味でハルだから!!
うん、薄っぺらでもやっぱり伝えとこう。言わずに後悔より言って後悔だ!
「ハル、起きてくれてありがとう!そしてこれからもよろしくね!!」
抱き締めて頬擦りして、おまけにハルの口にちゅっとする。口への不意打ちには弱いのか、もじもじするハルはこの上なく可愛くてたまらない。
『うん。ミチルもぼくのところに来てくれて、ありがとう・・・ぼく、いまとっても幸せ・・・』
嬉しそうにほほえむハルを見て目頭が熱くなる。
くーっ!泣かせる!泣かせるわ!ハル!!私たちまだまだ始まったばかりじゃないの!それなのにもうこんなに幸せを感じてくれてるなんてどんな人生送ってきたのよーーー!!そりゃ石になるなんて普通の人生じゃなさそうだけど、こんな幼子になんてことを!く・ろ・づ・く・めー!!!
つんつんとパジャマを引いて見上げるハルに、黒尽くめへの憎しみが心の端っこに追いやられる。
『さっきの結界のことだけどね、あの結界はぼくの竜膜のさらに外側にあるんだ。竜膜との間隔はミチルの身長くらいなんだけど、あれに触れてたら危なかったんだからね?』
「えっ、そうだったの?」
ということは感激のあまりあそこで立ち上がって万歳したら即アウトだったわけね。でももう少しで絶対万歳してたはずだ。その自信がある。まだハルに触れてもなかったし、まだハルと何にもしてなかったのに。ああ、ほんっと無事で良かった・・・!
「それならハルがこの中に入れてくれたから助かったんだね、ありがと!ハル!!」
ほっぺにちゅっとするとハルはぎゅっとしがみついてくる。そのまま擦り付けるように顔をパジャマの胸元に埋めてしまったハルの背中をそっと撫でる。何かに怯えたようなハルを宥めるようにゆっくり撫でていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「あれ?そういえば今のハルはあいつらには見えてないんでしょ?ハルがいないこと、気づいてないの?」
しがみついているハルの頭から背中をなでなでしながら、じっと見下ろす。
しばらくしてから上げられた海色の瞳は少しだけ弱々しかった。
『大丈夫だよ。彼らの目にはいつもと変わらない、石化したぼくの姿が映ってるから。』
「っ・・・ハルっ!」
ハルのほっぺに自分の頬をぎゅっと押し付けると、その谷間を一粒の涙が伝っていく。
石化したぼく、なんて平然と言わないでほしい。それも“いつも”だなんて。
私の知らない間にそんな魔法も使ってたなんて驚いたけど、ハルのことをもっと知りたいと、教えてほしいと思った。