取材ノート②
【7月12日(土)】
◯ 午前中、公民館
併設されている小さな図書館があるので、そこで周辺地図を確認。意外にもI島はS町があるのと同じ漁業域と言っていいほど近いものだと分かる。
(地図のコピーが貼り付けてある)
【イソナデ】及び「豊漁祭」について記載されている書物は発見できなかった。公民館の職員によれば、郷土史などは村役場の方が充実しているとのこと。
◯ 同、町役場
S町郷土史に「豊漁祭」正式には【セオリメ祭】(漢字では「瀬織目祭」)の歴史について書かれていた。
一部抜粋
『岬にある神社に山の供物を奉納することで、一年の豊漁を願う祭であり祭祀は代々の網元の家が司ってきた。特に不漁の際の翌年は海の神に精をつけるために山に住む獣の肉を大量に供物として捧げる風習があった。その際、村の男達数十人が冬の海に白装束で飛び込み、豊漁を願った。』
【イソナデ】についての記載はひとつのみ見つかった。T県風俗史のS町の項に以下があるのみ。
『海ニアル神ヲ古事ニ磯撫デト云フ』
郷土史によれば、セオリメ祭は正確には12年前までは継続していたという。なくなったきっかけについて村役場の職員に聞いてみたところ、ひとりT氏が記憶していた。
以下、取材メモ
>セオリメ祭がなくなったのはなにかきっかけが?
「当時網元だったGの家が祭やらなくなったんだが、きっかけというきっかけはなかった」
>なにか祭で事故が起こったり?
「いや、そんなことはない。ただ、Gさんのおじさんが行き方知れずになっていたから、祭どころじゃなかったのだろうって当時は噂していた。」
新聞記事を検索したいところだが、この町には新聞を蓄えているような図書館がなかったことから、東京に戻ってから調べることとした。
◯ 午後、鈴本亭
最初、出てきた娘婿からは『義父は留守』と言われたが、奥からオオイと声がしたのを聞いて、勘違いだったと通してくれた。
鈴本氏は4年前に細君を亡くされてからは運送業を営む娘夫婦と小学校6年生の孫と同居しているとのこと。娘婿のHによると、義母を失くしてからボケが入っている、とのことだった。確かにところどころ聞き取りにくい発話、記憶の混同などが見られるが、会話自体はしっかりしており、取材に耐えると判断した。
以下、鈴本氏との取材メモ
>このあたりの古い話、変わった話をご存じないですか?
「・・・変わった?」
>【イソナデ】について、なにかご存知なことはありますか?
「いそなで?・・・ああ!磯撫デ・・・ありゃあ、恐ろしいものじゃ」
>恐ろしいとは?
「ああ、恐ろしい、恐ろしい・・・Gがしっかりしないから」
>しっかりとは?
「間違えたんだ・・・なあ、ありゃやっちゃいかんことやった
止めりゃよかったと婆さんと言っていたんだが」
>それはセオリメ祭がなくなったのと関係がありますか?
「ああ、ああ・・・そうだとも
用をなさなくなった・・・そうだなあ・・・Gも一所懸命やったが」
>何を一所懸命されたんですか?
「くわしうは知らん・・・知らん」
>・・・では、最後に・・・I島とかS町で人が海に飲まれて消えたことはご存知ですか?
「ああ・・・そりゃ【イソナデ】じゃ」
ここで、『父も疲れてしまうので』と娘が鈴本氏を奥の間に連れて行ってしまった。
ちなみに、H夫妻にも同じ質問をしたが、特に思い当たることはないと言われた。
娘婿にセオリメ祭のことについて尋ねるが、自分が婿入りしたときには祭はすでにやっていなかった、とのことだった。