第2話 共振
妖精のような女の子がそこにはいた。
同年代に見える。
激しい雷鳴が、僕の耳元を打ち鳴らす。
停電したガレージは、闇に閉ざされている。
先程まで、精密な機械の図面が頭の中に浮かんでいたのに、
今は真っ暗だ。
4号機、5号機…と、失敗作の山に囲まれながら、
僕は、かすかな光を探していた。
その時、激しい風雨の音を掻き消すように、何かを感じた。
それは、かすかな温かい光ではなかった。
それは、人の気配、そして、
金属が擦れるような、奇妙で、どこか楽しげな音だった。
その音は、まるで、僕の作った機械が、
陽気にロシア民謡を演奏しているかのようだった。
かなりテンポが速くて、
ちょっとリズムが狂っているような、不思議な音楽だった。
その音に導かれるように、僕はガレージの奥へ進んでいく。
そこには、雨に濡れ、震える…というより、
むしろ楽しそうに雨の中をくるくる回っているかのような少女が、
僕の作ったロボット、特に3号機「スカイホッパー」の傍らに佇んでいた。
彼女の服装も、かなり独特だった。
カラフルなパッチワークのワンピースに、無数の金属片が縫い付けられており、
まるで、サイバーパンクな妖精が、古着屋で服を漁ってきたかのような、
不思議なファッションセンスだった。
彼女の髪は、雨に濡れても、
まるで、七色の宝石が散りばめられたかのようだった。
その美しさは、まるで、妖精か、アンドロイドか、
はたまた、何かの機械の精霊か…と、
一瞬にして僕の思考回路を混乱させた。
彼女は、僕の機械に強い興味を示し、
その独特な構造を瞬時に理解した。
まるで、機械の設計図をすべて暗記しているかのように、
彼女の指先が、壊れたドローンの部品を軽く触れると、
かすかな、虹色の光が放たれ、破損箇所が修復されていく。
その光は、まるで、彼女自身が魔法の妖精になったかのような、
幻想的な美しさだった。
その修復スピードは尋常ではなく、
まるで早送り映像を見ているかのようだった。
しかも、その修復に使われた虹色の光は、
まるで、七色の魔力を感じさせる輝きだった。
しかし、その美しさとは裏腹に、
彼女の言動は、極めて奇妙で、予想外の言葉が飛び出してくる。
彼女は、僕の作った機械を、まるで、
自分の子供のように、可愛がっていた。
彼女は、自分の名前が「リリィ」だと名乗り、
独特なイントネーションで、静かに語り始めた。
「ねえねえ、あなたってさ、もしかして、
機械と特別な繋がりがあるのかもね!」と、
彼女は、いきなりそう切り出した。
「機械と…特別な繋がり…?」
僕は、少し驚いた。
3号機「スカイホッパー」は、僕の数々の失敗作の中でも、
特にひどい出来だった。
ヘビのように地面を這いまわるだけの、全く役に立たない代物だ。
しかも、動力源となる魔力電池は、入手困難なレア物で、
高価な上に、入手経路も怪しいものだった。
それを、自作の劣悪な人力発電システムで代用しようとした結果、
あの惨状になったのだ。
それが、特別な繋がり?
冗談じゃない!
でも、なんか、妙に納得できる部分もある。
「だってさー、あなた、機械と…心で通じ合えるんでしょ?
それに、あなた自身の声は…この世界で、
誰もが想像できないほどの力を持っているみたいよ!
もしかして、雷を操れるかもね!
スカイホッパーも、最初は、全然飛ばなかったけど、
あなたの声で動き出したんでしょ!
だって、あのドローン、あなたの言葉に反応してるみたいだったもん!」
リリィの言葉は、僕の心に深く突き刺さった。
機械と心で通じ合う?
そんなこと、ありえるのだろうか?
彼女は、まるで、僕の心の内側を見透かしているかのように話した。
さらに、雷を操れるかも?と、彼女は、まるで冗談のように言ったが、
その言葉は、妙に現実味を帯びていた。
そして、機械との特別な繋がり…か。
なんか、妙に納得できる。
リリィは、さらに続けた。
「あなたは、無属性と言われているけれど…
それはさ、魔法が使えないという意味じゃないのよ。
あなたは、もっとすごい、違う種類の力を持っているのよ!
それはね、機械と共鳴して、あなたの声を通して、
この世界に影響を与える力…まるで、オーケストラの指揮者みたい!
すっごくパワフルな響きになるかもね!
スカイホッパーも、あなたの声で動き出したのよ!
ほら、あの時、あなたが『もっと…精密に…』って呟いたら、
部品が勝手に動いたでしょう?
あれも、あなたと機械が心で繋がってた証拠だよ!」
彼女は、そう言いながら、両手を大きく広げ、
まるで指揮者を真似るように、空気を振るった。
その姿は、美しく、そして、どこか滑稽だった。
まるで、狂気じみた天才科学者と、
妖精が合体したような、不思議な存在だった。
リリィの説明は、断片的に、そして、
めちゃくちゃな言葉で語られた。
と、いうか僕は『もっと…精密に…』なんて呟いたか?
しかし、彼女の言葉は、僕の心に、確かな衝撃を与えた。
「…機械と…心で通じ合う…特別な力…」
僕は、再び、3号機「スカイホッパー」を眺めた。
あの時、組み立てている最中、
僕の口ずさんだメロディーが、
ドローンのモーターに奇妙な共鳴を引き起こしたことを思い出した。
まるで、音楽に合わせて、ドローンが震えているかのようだった。
そして、その振動は、ガレージの外、
激しい雷雨の振動と、奇妙にシンクロしていた気がした。
その時、僕の頭の中に、幼い頃の記憶が蘇ってきた。
壊れたラジオに話しかけ、そして、そのラジオから、
まるで返事をするかのような、不思議な音が聞こえてきたこと。
そして、雷雨の日に、大きな声で叫んだら、
雷鳴が静まったこと。
ああ、なるほど…もしかしたら、
僕には本当に機械と特別な繋がりがあるのかもしれない…。
しかし、その瞬間、僕は、背筋を凍らせるような、
恐ろしいことに気づいた。
そして、罪悪感に苛まれた。
リリィは、僕の過去をまるで知っているかのように語り始めた。
「ねえねえ、知ってる?
あなたは、幼い頃から、機械にすっごく興味があったんでしょ?
いつも、壊れたラジオとかに話しかけてたんでしょ?
まるで、機械が、あなたに語りかけているかのように…
そして、その頃、雷雨の日に、
すっごく大きな声で怒鳴ったら、雷が止んだこととか、覚えてる?
スカイホッパーも、あなたの声で動いたから、
きっと、雷を操れるようになるんだよ!
だって、あなた、機械を操る特別な力を持ってるから!」
彼女は、そう言いながら、僕の肩に、突然手を置いた。
その触れ方は、まるで、古い機械の部品を触っているかのような、
不思議な感触だった。
彼女の指先には、微かな静電気が走っていた。
「…そうだった…機械と…話していた…そして…雷が…
特別な力…」
僕は、自分の過去を初めて自覚した。
そして、リリィの言葉に、妙に納得してしまった自分が、
少し怖くなった。
しかし、冷静に考えれば、ありえない話だ。
機械を操る特別な力なんて…
僕の深層心理が、こんなにも美しい、
そして、奇妙な少女を生み出したのだろうか…!?
その事実、そして、その美しさに、
僕は、深い罪悪感に苛まれた。
しかし、その罪悪感も、すぐに、激しい怒りに変わっていった。
「ちょっと待てリリィ!
機械を操る特別な力って、どういうことだ?!
あのヘボドローンが、俺の力で動いたって?!
あの、人力発電システムを搭載しただけの、
ろくに飛ばない、ただのゴミが?!
そのゴミと、俺が、特別な繋がりがあるだって?!
冗談じゃない!
俺のヘボドローンを、こんな風に言うな!」
僕は、怒り狂った。
僕の血と汗と涙の結晶、
数々の失敗作の集大成であるスカイホッパーを、
こんな風に言われる筋合いはない!
しかも、魔力電池が手に入らないから、
あんな貧弱な代用システムにしたんだ!
あのドローンには、僕のプライドが詰まっているんだ!
それを、こんな風に言われるなんて、許せない!
それに、こんな美しい少女が、
僕の力について語るなんて…!
それは、あまりにも、あまりにも、不条理だ!
「だってさー、あなたとすっごく心で繋がってるじゃない!
あのドローン、あなたの言葉で動いてたもん!
だから、きっと…」
リリィは、全く悪びれる様子もなく、
楽しそうに説明を続ける。
彼女は、僕の怒りなど、全く理解していないようだった。
彼女の目は、純粋で、無邪気で、
そして、少しばかり、狂気じみているように見えた。
「いやいやいやいや!全然違う!全然繋がってない!
あのドローンは、ただの失敗作だ!ヘボドローンだ!
こんなヘボドローンが、俺の力で動くだなんて、とんでもない!
許せない!許せないぞ!
それに、お前は、ヘボドローンなんかじゃない!
お前は…お前は…美しい妖精だ!」
僕の怒りは、頂点に達した。
ガレージの空気が、歪み始めた。
「私はドローンでも妖精でもないよ?どうしたの?
怖い。怖すぎるよ。変態だよ。変態さん、落ち着いて。なんで空気歪んでるの。。。」
そして、僕の怒りの声が、ガレージの外に響き渡る。
その瞬間、激しい雷鳴が、僕の言葉を遮った。
そして、その雷鳴が、徐々に、静まっていった。
まるで、僕の怒りが、雷鳴を鎮めたかのようだった。
その時、リリィが、僕の作った精密ドライバーを手に取り、
僕の前に突き出した。
「じゃあさ、これ、作ってよ!
すっごく面白いのが作れると思う!」
リリィは、そう言いながら、ドライバーの先を、
僕の顔のすぐ前で、くるくる回した。