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第四幕・一日の終わり

『一場・遅い昼食』




 風紀委員の指導室から出たところで丁度チャイムが鳴り、友達と約束していたらしい桜君は慌てて寮の方へと走っていった。

 フルコースで赤っ恥をかかずに済んだけど、昼ご飯も食べれなかった腹の虫は切ない悲鳴を上げている。

 おのれ、澤村兄弟め!

 いや、やっぱり飯より萌えが大事だからありがとう!!

 澤村会長の生チューに、澤村委員長のベタベタ攻撃…マジで今日は萌え死ぬかと思った。

 だけど、萌えによって一時的に増えたアドレナリンで空腹を忘れてたけど、いくら羊羹を食べてたからってひもじいものはひもじい。

 寮に戻る気力もないから、ここは大人しく校舎の食堂に行くことにしよう。

 きっともうろくな物が残ってないんだろうとは思うんだけど、ホスト教師たるものキューキューと腹を鳴らしてたら格好がつかない。


 風紀委員室からリノリウムの廊下を歩くこと3分、閑散とした食堂に辿り着いた。

 昼も過ぎているから本当に人が少ない。

 もしかしたら、もうすぐ閉めるつもりだったのかも知れない。

 慌てて厨房が見えるカウンターに駆け寄ると、やっぱり中では従業員の皆さんが片付けをはじめていた。

 マジか…

 ガックリとカウンターに額を付けてうなだれていると、不意に髪をくしゃりと撫でられた。

 俺にこんなことをする人なんか決まってる。


「………桂さん」


 チラッと顔を上げれば、やっぱり白い厨房着を身に纏ったイケメンがいた。

 顎に無精髭を生やして黒髪もだらし無く肩まで伸びているオッサンに片足突っ込んでるこの人は、桂向日葵といってここの料理長を任されている凄腕シェフだ。

 仮にも料理を作るって人がこんなにだらし無くていいのかとは思うけど、生徒達は文句を言うどころか桂さんに熱い眼差しを送っている。

 所詮この学園では顔が全てだから、桂さんも誰に文句を言われることなく今日も今日とてだらし無さ全開だ。


「どうした、蓮華。メシでも食いに来たのか?」

「それ以外に食堂に来る理由なんかねぇだろうが」

「あるだろ。例えば俺に会いに来た、とかよ」


 俺の頭に手を置いたまま口の端を持ち上げて笑う姿は、やっぱり大人の余裕が感じられる。

 桂さんみたいに余裕を持てれば、澤村会長とのキャラ被り問題も解決するのだろうか。


「いや、それないから。腹減ってんだよ……ま、けど遅かったみたいだな。俺は寮の方に行くから、取り合えず手ぇ退けろ」

「何だよ、なら今から食ってけ。丁度賄い作ったところだし、お前一人増えたところで問題ないぞ」

「え、マジ? それって値段はどうなるんだ?」

「金なんかいらねぇよ。どうせ余り物で作ったんだ」


 うわ、今初めて桂さんが仏様に見えた。

 昼食代浮いたことで、またBL本が一冊買える!!

 今月は欲しい本が目白押しだったから、俺は簡単に桂さんの言葉に甘えることにした。

 そして今、生徒が一人もいない食堂で料理人とウエイター入り交じった総勢30人ほどが、くっ付けて大きくしたひとつのテーブルを囲んでいる訳なんだけど…

 俺、大注目ですか、そうですか。

 唯一の部外者のせいか、みんなの視線が痛くて居づらいんですけど。

 そして俺の前にだけ並んだ料理の数々。

 筑前煮、炊き込みご飯、天麩羅、豚汁、ほうれん草の白和え、ひじきの煮物、茶碗蒸し、鮎の塩焼き、鰤大根、カツ鍋、きんぴら牛蒡、糠漬け、わらび餅、あんみつ、お汁粉…

 これ、絶対に賄いじゃないと思う。


「いやぁ、悪いな。蓮華も一緒にメシ食うって言ったら、厨房の奴等が自分が作ったのを食べてほしいっつってよ。まぁ、一口ずつくらい食ってやってくれ」


 隣に座った桂さんがニヤニヤと笑うと、テーブルを囲む厨房着の人達が落ち着きなく目を逸らした。


「……は? それはいいけど、何でこんな和食三昧…」

「お前、ウエイターに毎回礼を言ってるらしいじゃねぇか。実はよ、スタッフの間じゃお前はかなり有名で、やれ礼儀正しいだの、食べ方が綺麗だの、魚を食べるのが上手いだのうるせぇんだよ。だから、蓮華の和食好きはここじゃみんな知ってるって訳だ」


 今度はウエイターのお兄さん達が顔を赤らめて目を逸らす。

 何だ、それ。

 俺ってばいつの間にかメチャクチャ見られてたんじゃないか!

 ウエイターに礼なんて意識したこともなかったけど、それは王道転校生である桜君が起こすイベントのはずだ!!

 それをこの俺自らがブッ潰すなんて、腐男子失格!!

 ここにいるスタッフの人達だって十分カッコイイし、十分桜君の攻め要員になる資格を持っているのに何故に俺なんだ。

 俺のバカッ!

 桂さんのバカッ!!

 もっと早くに教えてくれれば良いのに……こうなったらやけ食いしてやるっ!


「…頂きますっ!!」


 ガツガツと食べはじめた俺をみんながうっとりと見詰めていたことなんて、桂さんが優しい眼差しを向けていたなんて気付きもせず、何と俺は出された全ての料理を平らげたのだった。




『二場・保健室』




 胃どころか食道まで料理が詰まっているような気がする。

 確かにどれもこれも美味しかったしやけ食いと銘打ってはいたものの、流石に全部は食べ過ぎた。

 このまま寮に戻っても消化不良を起こしてしまうかもしれないと、俺は重い足取りで一路保健室へと向かっている。

 足取りが重いのは食べ過ぎのせいじゃない。

 保健室には俺の天敵が棲息しているからだ。

 職員室を通り過ぎ、廊下の突き当たりにある部屋『保健室』の前に到着した。

 嗚呼…何故常備薬を切らしてしまったんだろう。

 この扉の向こうには、必ずあの魔王が居る。

 悔やむ気持ちを押さえ付けて嫌々扉に手を掛け、ゆっくりと横にスライドさせていく。

 すると俺の脇を一人の少年が擦り抜けて、廊下へと走り去って行った。

 嫌な予感満載で視線を奥のベットに向けると、明らかに乱れたシーツに情事後特有の気怠さを身に纏った男が煙草を燻らせているのが見える。

 濃紫に染められた長めの前髪を掻き上げて、涼しげに切れ上がった目が俺を捕らえた。

 うわっ、何て壮絶なエロフェロモン!!

 ベッドに腰掛けて煙草を吸う姿はメチャクチャ様になっていて、理想の浮気攻めキタ!!

 …って普通なら言うんだけど。


「あんれ~? レンゲじゃない。ほらほら、おいで~。保健室のセンセーが隅々まで診てあげるよ~?」


 コイツ…校医の東紫苑は、天下無敵の雑食男子なのだ。

 来るもの拒まず去るものも追う、目に見えた全ての人類を口説き一日に何人もと何回も致してしまえる超絶倫男。

 腐男子の俺としては保健室でにゃんにゃんしちゃう東先生の存在は美味しいことこの上ないんだけど、流石雑食といったところかコイツは俺にまで迫ってくる。

 俺よりも高い身長で、隙あれば抱き着いて押し倒そうとしてくるエロエロ大魔王。


「食い過ぎたんだよ、黙って整腸剤寄越せ」


 不意に匂ってきた情事特有の香りに険しく眉を寄せて、俺は東先生の前を通り過ぎ窓を開け放つ。

 最悪だ。

 俺は浮気攻め大好きだけど、それは後々一途になるという大前提なわけで、個人的に軽い男は余り好きじゃない。

 一刻でも早く桜君と出会って、真実の愛に目覚めたりなんかしちゃって一途りなってくれないものか。

 はっきり言ってこういう生々しいのは苦手だ。

 今やモテモテの俺だけど、勉強と腐道に命かけてたから自慢じゃないけど経験値は0。

 童貞処女の上に初チューもまだ。

 だけど三十路まで童貞守ったら神になれるらしいから、もういっそそこを目指そうかと思っているのは内緒の話だ。


「はい、お薬だよ~?」


 いつの間にか後ろに立っていた東先生が、俺の腰に両手を回しながらポケットに薬を忍ばせてきた。


「薬はわかったから、離れろ。精液臭ぇんだよ、このヤリチン校医」


 さっき学んだ大人の余裕でもってがむしゃらに抵抗はせず、呆れたような溜息と共に言葉だけで突き放す。


「あーヤベェー…、このシャツを開けさせてるのって首舐めてもいいってこと? 鎖骨にしゃぶりついていいってこと?」


 ダメだ、コイツに大人の余裕攻撃を使ったとしても話自体を聞いていないから意味がない。

 慌てて腰に回った腕を引き剥がそうにも、がっちりと掴まれて外れやしない。

 首筋に感じる吐息にぞわっと背筋を粟立てていると、不意に鋭い痛みが走った。


「い゛っ―――ッ!! いででででっ、テメェッ何してやがんだ!!」


 今は頬を擽る紫色の髪の毛が意外に滑らかだとか考えている余裕はない。

 首に感じるこの痛みからして、これは明らかに噛まれている。

 しかも全然離さず気配もなく、今も尚どんどんと力が込められていく。


「痛いっつってんだろうが!!」


 背後に立つ東先生の足を革靴の踵で思いっきり踏み抜き、痛みに離れたところで隙間が空いたボディに肘鉄をかます。


「ぐぁっ!! ―――…もー、痛いじゃんかレンゲ~」

「痛いのはこっちの台詞だ! テメェ何噛み付いてんだよ!?」


 ジクジクと痛む首筋を掌で押さえ、血が出ていないことを確認する。

 浮いて浮いて浮きまくった噂や事実をたくさん聞いてきたけど、東先生が噛み付いただなんて聞いたこともない。

 何でも快楽主義者らしいから、お互いにどろどろに気持ち良くなるやり方を好むそうだ。

 なのにこれは何だ。


「だぁーって、レンゲってば全然保健室に来てくれないんだもーん」

「…ざけんなっ!!」


 やっぱりコイツは天敵だ。

 後ろではまだ何か言ってるけど、俺は足早に保健室を後にした。




 side:東紫苑




「あーあ、行っちゃった」


 足と腹は痛むけど、あの白い首筋に俺の痕を刻めたことが堪らなく嬉しい。

 今までいろんな奴と寝てきた俺にも、たった一人特別な人間がいる。

 もうずぅーっと前から、俺の心はレンゲだけのものだ。

 レンゲだけが特別で、レンゲにだけ他人には感じない獣のような衝動が込み上げる。

 あの歯形も独占欲の現れだ。

 本人は気付いていないようだけど、レンゲを狙う男は多い。

 あれで少しは牽制できると思うけど…


「ねぇ、レンゲ。お前は覚えてる?」


 幼い日に交わした、あの約束を。




『三場・一匹狼』




 この学園に来て3番目くらいに驚いたのは、部屋の凄さだ。

 職員寮は孤立していなくて普通に学生寮と一緒になっているんだけど、一人一人個室を持つ生徒達も凄いが職員の部屋はその上をいく。

 広々とした1LDKはオール電化に浴室乾燥機、ミストサウナ、オーブンレンジに食器洗浄機、乾燥機付きドラム型洗濯機、ドアが6つもある冷蔵庫に液晶42型ワイドテレビも標準装備という、まるで高級マンションかと思うほどの部屋だ。

 俺はこの部屋が大好きだ。

 何せ防音もばっちりだから、BLアニメもヘッドフォン無しで見れる!!

 素晴らしきBLライフ!!

 意気揚々と校舎から林を挟んで徒歩5分の寮へ向かっていると、不意に林の奥からガサガサと音が聞こえた。

 この展開は絶対にあれだ!

 猫か犬がいて、それを不良とかが可愛がってるという王道展開に違いない!!

 それが孤高の不良・猫柳梅君だったらなお良し!!

 名前に『猫』ってついてるくらいだから、きっと動物好きに違いないもんね!

 俺は高ぶる気持ちを押さえて歩道から林に入り、木々に隠れながら音がした辺りまで足を進めた。


「ったく、何処に行きやがったんだアイツは…」


 うぉおーっ! キタキタキタ!!

 遠目に見えるのは何やら餌が入っているらしき器を持った、まごうことなき猫柳君ではありませんか!!

 猫柳君は目が覚めるような真っ青な髪をアシメにしていて、吊り上がった目と高い身長でかなり怖い不良君だ。

 病院送りにした生徒は数知れないけど、代議士の息子らしくて無事に進級しているイケメン様。

 桜君攻め要員にして、俺の受け持つクラスで唯一初っ端から欠席してくれた問題児だ。

 しかし、この様子だと素晴らしき王道展開に発展しそうだから今日のことは水に流してやろう。

 俺は何て心の広い教師なんだ!

 予想通りに現れた猫柳君に萌え萌えしている間に、何かが俺の脛を突いてきている。

 はじめは気にしていなかったけれど、余りにもしつこく突かれてしまい俺はやや切れで足元に視線を落とした。

 そこにいたものは…


「………ぷぎ!」

「子豚ぁあああ!!!?」


 猫でも犬でもなくまさかまさかの子豚の登場に、俺は驚きの雄叫びを上げてしまった。

 ピンク色の子豚が学園内の林にいるなんて、どう考えても王道じゃないだろう。

 少なくとも俺は見たことがない。


「…あ、んなトコにいたのかよ、ネギシオ」


 ネギ塩!?

 えっ、ネギ塩豚!?

 猫柳君に見付かってしまったことより、その美味しそうな名前の方にビックリしてしまって一瞬ホスト教師のキャラを忘れてしまいそうになった。


「……テメェ、確か新米教師だろ。何でここにいんだよ」


 俺の存在に今更気付くと、見る見る内に猫柳君の顔が険しくなっていく。

 これはマズイ。

 俺は決して喧嘩が強いということはないし、例え強くてもこんな素晴らしい攻め要員に傷なんてつけられない。

 餌を持ったままという姿で凄まじいほどの殺すオーラを出している猫柳君に、内面ヘタレオタクな俺は咄嗟に話すことも出来ないくらいテンパってしまった。

 猫柳君の何も持っていない方の手が、風を切って大きく振りかぶられる。

 その光景に咄嗟に目を閉じると、閉じる瞬間何かが前を横切ったような気がした。


「ぷぎーっ!」

「おわっ!」


 子豚の鳴き声と共に猫柳君の驚いた声が聞こえ、恐る恐る目を開いてみる。

 すると目の前には尻餅をついた猫柳君と、その顔面にへばり付いている子豚の姿があった。

 大方この子豚が飛びついたんだろうけど、一体どれだけの脚力でジャンプしたら顔面に到達するんだよ。


「ぷっ、く…ハハハハッ!! お前スゲェ好かれてんだな? 子豚メチャクチャ可愛いし、お前等見てると和むわ!」


 驚いているのか未だに子豚を顔面に張り付けたままの猫柳君が可笑しくて、ついつい声を上げて笑ってしまった。

 それに気を悪くしたのかはわからないけど、猫柳君が子豚を引っぺがし荷物のように小脇に挟む。

 短くて細い足がまるで歩くようにパタパタと宙を掻く姿がまた愛らしい。


「……注意しねぇのかよ」

「は? なんで?」

「この学園は生徒のペット飼育は禁止だろうが! 前に見付かった時も、先公の野郎が無理矢理取り上げやがったし…テメェもそうするんだろうが!」


 あぁ、猫柳君は本当に動物が好きなんだな。

 こんなに哀しそうな目をされたら、黙ってなんかいられないでしょ教師として。


「そうだな、その子豚は没収する」

「ハッ、やっぱりな! どいつもこいつも…」

「俺がそいつを飼う! そんでもってテメェは無断飼育の罰として、これからは俺のペットの世話をすること。異議は認めねぇ」

「………は?」


 いつもは射殺さんばかりの眼光を放つ猫柳君の目が、今は大きく見開かれているのがちょっと可愛い。


「知らねぇだろうが、俺はテメェの担任なんだよ。罰は俺が決める。猫柳はこれから毎日俺の部屋に来てネギシオの面倒を見ろ、ってーことだからついて来い」


 理解できていないのか困惑したように眉を寄せる猫柳君にニヤリと笑いかけ、俺は身体を反転させ歩道へと戻るために歩きはじめた。

 しばらくすると背後からついて来る音が聞こえて自然と頬が綻ぶ。

 今日から家族が増えた。

 あわよくばこの不良君を手なずけて、生徒指導の岡野先生に一泡吹かせてやる。

 後ろからついて来る猫柳君が俺の首をガン見していたことになど気付かずに、俺はこれからの期待に胸を膨らませて歩き続けていた。




『四場・一日の終わり』




 あんなに怖そうだった猫柳君は、実はメチャクチャ細かかった。

 やれ餌はやるなだとか、やれペットシートはどうだとか、散々俺にレクチャーして嵐の如く帰っていった。

 後に残されたのはぐったりとソファに横たわる俺と、餌を食べて丸々とした腹をさらしすぴすぴ眠っている子豚だけだ。

 いや、子豚は可愛いんだけど猫柳君の意外な程のオカン振りには辟易してしまう。

 不良がオカン気質なのは萌えだけど、リアルに被害が及ぶと辛いことこの上ない。

 こんなテンションの低い時には、アレをして気分を盛り上げるしかない!!


 俺はスーツのポケットから携帯を取り出して、超高速フィンガーテクニックでメールを打っていく。

 送る相手はいつものメル友。

 もとい、腐友。

 日参している神サイトの掲示板で知り合った俺達は、早3年の付き合いになる最早親友といっても過言ではない仲だ。

 気さくで明るくてユーモアのある腐友は、俺と同じく男の身でありながら腐れに腐れている。

 今では彼と1日の終わりにメールするのが日課になっていた。

 去年は念願の全寮制男子校に入れた喜びや、王道過ぎる学園を語りまくったものだ。

 そして今日!!

 王道転校生の登場や、それを取り巻く生徒会等などの様子を興奮のままに打っていると、いつの間にかメールは9862文字の超長文にまでなってしまった。

 少し書き足りない気もしたけど、これ以上だと読む方も大変だと気付き泣く泣くそのまま送信する。


 ただ今の時刻、夕方の5時。

 3時間以上もくどくどとネギシオについてレクチャーされ駄々下がりだった俺のテンションも、メールを打つにつれてあの時の興奮が甦り今じゃほぼMAXにまでなっている。

 そういえば猫柳君はやたらと俺の首を見ていたけど、もしかしたら彼は首フェチだったのかも知れないな。

 確かに桜君の首は白くて綺麗だったような気がしなくもないし、猫柳君が転校生に懐いたのもひょっとしたらその辺りが原因なのかも。

 ムハムハと妄想に耽っていると、素っ気ない電子音を響かせて携帯が震えはじめた。

 ここでアニメなんかの着メロを設定するなんてアホのすることだ。

 意外な着メロをうっかり耳にして興味を持たれるなんて、フラグ立って下さいと言わんばかりじゃないか。

 確実にフラグが立たないように、俺は携帯の着メロからストラップ、待受に至るまで全て初期設定のままだ。

 勿論中身は腐りまくりだからロックをかけることは忘れない。

 万にひとつも忘れるなんてことはしない、それがフラグを立たせない秘訣だ。

 携帯を開くとそこには腐友の名前。

 メールを送って10分も経っていないというのに、1万文字近い長文メールが返ってきた。

 この腐友も大概テンションが高いな。

 隠れ腐男子としてリアルを生きる俺にとって、彼だけが沸き上がるパッションを吐露できる唯一無二の存在だ。

 今日も彼のメールをニヤニヤ読みながら俺の一日は終わりを迎える。

 嗚呼、明日が楽しみだ!!




 side:猫柳梅




 変わった教師もいたもんだ。

 いつもなら俺を見ると低姿勢になるか頭ごなしに怒鳴り付けてくる教師達とは明らかに違う、全くもって変な教師だ。

 ネギシオを自分が飼うとか言い出した時には正気を疑ったけど、どう見たってアイツに悪意は感じられなかった。

 俺の担任だとかいう瀬永蓮華。

 見た目はチャラいホストみてぇな男なのに、笑った顔は意外と可愛かった…

 いやいや、教師相手に何を考えているんだ!

 俺が好きなのは桜であってアイツじゃない!!

 俺を外見を気にせず気さくに話し掛けてきた桜。

 友達になりたいとか言う奴は初めてで、俺はその瞬間もう桜のことしか考えられなくなっていた。

 だけど生徒会の奴等まで桜のことを気に入っちまったみてぇだし、風紀委員長とも仲良くなったとか言っていた。

 ライバルが多過ぎて、俺は桜のことだけで頭がいっぱいだったんだ。

 ネギシオのことは感謝してるが、それだけだ。


「……でも、あの歯形…なんだったんだ?」


 アイツは好きじゃない。

 好きじゃないけど、何故だか気になっちまう。

 ネギシオのことよりも。

 ひょっとしたら、桜のことよりも…

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