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第二幕・入学式

『一場・職員室』




 HRを終わらせて職員室に戻ると、俺は自分の席に座り緩む口許を手で隠した。

 だって仕方がないと思う。

 桜君を連れて教室に入れば、俺への歓声はいつものことだから良いとして、桜君にはまさにブーイングの嵐だった。


『ダサい』『キモい』『オタク』『萎える』『近寄んな』『ばっちい』『不潔』


 普通だったら傷付くような言葉をクラス中から言われて、桜君が言った言葉が、


「人を見た目だけで判断する奴と仲良くする気はねぇから」


 何て王道かつ男前な台詞なんだ!

 まぁ、第一印象は見た目からだから桜君の主張が必ずしも正しいとは思わないけど、少なくとも腐男子的にはバッチリだった。

 しかも早速、Aクラスでも人気の高い神田牡丹(爽やかスポーツ少年)と仲良くなったみたいだし、これは確実に王道を歩んでるよね!!


「瀬永、早く講堂へ向かえ。今日は生徒会顧問としての挨拶を控えているだろうが」

「お、岡野…」


 隣を見上げれば、冷たい眼差しで俺を見下ろしてくる数学担当の岡野先生と視線がぶつかった。

 焦げ茶色の髪の毛を後ろに撫で付けて、ノンフレーム眼鏡をかけているイケメンインテリ教師だ。

 この堅物はチャラついている俺が気に入らないらしく、事あるごとに俺に突っ掛かったり説教してきたりする。

 今日もビシッとスーツを着こなしている岡野先生だけど、浮いた話がひとつもないのが俺としては納得がいかない。

 無愛想で表情筋が死滅している岡野先生は、絶対にインテリ鬼畜攻めなはずなんだ!!

 なのに生徒には一切興味がなくて、告白どころかアプローチされるだけで冷たく追い返してしまう超絶堅物人間なのだ。

 折角メチャカッコイイのにイベントのひとつもないなんて、宝の持ち腐れ以外の何と言えばいいんだ。

 いや、もしかしたらそれは今日という日のための布石だったのかもしれない!

 堅物クソ真面目な教師の前に突如現れた転校生。

 その破天荒な行動にはじめは眉を寄せていたが、次第に目が離せなくなっていき…

 気が付いたら転校生…桜君を愛するように!!!!

 いいね!

 難攻不落の城を落とすからこその王道!!

 桜君の腕には、この学園の…いや、萌の運命が掛かっているんだ!!


「聞いているのか、瀬永っ」

「―――!」


 妄想ワールドに両足突っ込んでいたら、焦れた岡野先生に腕を掴まれた。

 うわっ、高そうな時計してんな。

 じゃない。


「おわっ、もうこんな時間かよ! 早く言えよなっ」


 妄想の力は凄い…30分を1分に感じてしまうなんて、最早魔力としか思えない。


「瀬永、私は最初から言っていただろうが」

「あ、岡野も早く行かねぇと遅れるぜ? じゃ、お先に~」


 何か言ってる岡野先生を置いて、俺は足早に講堂へと向かった。

 今日の入学式では挨拶もしなきゃならないから、今から緊張してきたかも。

 だけど俺様微鬼畜ホスト教師は、挨拶文を考えたりしないから適当で良いのが楽だよな。

 さぁて、生徒会の挨拶でワーキャーいう生徒を見て楽しもう☆



 side:岡野セイジ




 私の話も聞かずに職員室を出て行った瀬永蓮華の後ろ姿を見詰め、知らず知らずの内に口角が上がっていくのを感じる。

 とても教師とは思えない風貌で、生徒達からも騒がれている新米教師。

 今年からは経験のためと称して生徒会顧問にまでなった瀬永は、堅物と呼ばれる私の興味を引いて止まない。

 大きな態度に口の悪さも手伝ってホストのような印象だが、先程のように物思いに耽ったりする姿は中々に艶っぽい。

 白い肌にかかるほのかに赤い髪の毛や、シャツから覗く鎖骨、僅かに伏せられた瞳、微かに綻んだ唇。

 その全てが私を引き付ける。

 魅せられる。

 この学園に馴染ませるために1年待った。

 もうこれ以上待つのは後免だ。


「瀬永、お前を喰うのは私だ」




 ***




 まだ講堂に向かっていない生徒達に声をかけながら、俺はもうすぐ始まる入学式に胸を踊らせる。

 ビバッ王道!!

 生徒会に興味はなかったけど、桜君がいるなら明日は明るい。

 岡野先生の存在はすっかり忘れて、俺はこれからの輝かしいBLライフに胸を膨らませていた。




『二場・控室』




 新入生を引率しなければならない1年担任でもない俺は、さっさと講堂脇にあるステージへと通じている控室に入る。

 たまにしか使わないクセに、立派な応接セットに壁を隔てた向こう側にはミニキッチンまでついている。

 これだから金持ち学校は嫌になる。

 しかし、この部屋を使うのは専ら学園では権力のある者達ばかりなのだから仕方がないのかもしれない。

 ちなみにこの上は講堂専用の放送室になっているらしい。

 ドアを開けて先ず目に飛び込んできたのは、革張りのソファに座っている俺様生徒会長の澤村菖蒲。

 次にその向かいに座ってこちらを振り返っている、チャラ男会計の関紫陽花とキャピキャピ書記の鈴枝桃。

 壁際には寡黙ワンコ書記の相川桔梗が寄り掛かっていて、奥からは紅茶が乗ったワゴンを押して腹黒敬語副会長の香坂百合が現れた。

 生徒会勢揃いの光景に、眩しさの余り目を細めてしまう。

 美形だ!!

 流石ランキングで選ばれただけあって、もんの凄い美形揃いだ。

 去年の生徒会もかなりのものだったけど、今年も期待が持てそうだ。

 嗚呼、早く桜君と絡んでくれないかな…

 いや、きっと明日にでも桜君を生徒会が取り囲むはず!!

 澤村会長が膝に来い!とか言って無理矢理桜君を座らせて、両サイドには関会計と鈴枝書記がいて、後ろにはワンコ書記がいて向かいには黒い笑みを浮かべた香坂副会長が…

 も、萌えるじゃねぇか!!


「テメェが新しい顧問か」

「随分と遅いご登場ですね、瀬永先生?」


 おっと、いかんいかん。

 妄想は後にして今はホスト教師を演じることに専念しなければ!


「あぁ、こん中じゃ知ってる奴もいるだろうが、一応自己紹介してやる。瀬永蓮華、23歳。担当は生物。今年からはSクラスの授業を受け持つことになったから、お前達のクラスにも行く。サボんじゃねぇぞ」

「ハッ、こんなチャラい野郎が教師かよ」


 濡れたような黒髪を掻き上げて、澤村会長が俺を挑発的な眼差しで見てくる。

 あ…俺ってばこの澤村会長と俺様キャラ被ってんじゃん!!

 ここは大人の魅力で差別化を計るしかないかなぁ。


「アハッ、なぁーんか菖蒲と似てねぇ? でも顔は美形だし、顧問にしてあげてもいーよ?」


 金髪をウェーブさせた蒼カラコンのいかにも頭が悪そうなチャラ男・関君でさえ、俺と会長のキャラ被りに気付いたか!

 これはいよいよ大人な余裕とアダルティーなオーラ作りを研究せねば。


「ボクは去年レンちゃんの授業受けたよ☆」


 あぁ、そのふわふわの栗髪とデッカイ目は見覚えがある。

 1年の時にSクラスでピカイチ可愛かった鈴枝君は、事あるごとに俺にちょっかいを掛けてきた。

 コイツはちっこいけど、腐男子レーダーからして絶対に攻めだ。

 可愛い容姿で釣れた攻め達を食い散らかしてるに決まっている。

 ……萌え。


「……俺も、鈴枝と同じクラスだから。レンは良い先生だ」


 嗚呼、何て可愛いことを言うんだ!

 黒髪に黒いフレームの眼鏡をかけていて一見優等生っぽいけど、デカイ身長に無口な相川君がたまに言うワンコっぽい台詞が俺の心を鷲掴みにして放さない。

 去年もいろいろと萌えさせていただきました☆


「そう言えば、桜君はどうでした? まさか手は出してませんよね、瀬永先生?」


 サラサラの茶髪にニッコリ笑顔の香坂副会長は噂に違わぬ王子様っぷりだけど、俺に向けられるその笑顔が黒過ぎて素敵だ!!

 明らかに釘を刺そうとしている、更にちょこっと嫉妬している!?

 うわっ、ヤバイ、顔がにやける…!


「そっかぁ、そういえばゆーちゃんが転入生君の案内頼まれたんだっけ」

「書類で見たけど、俺はあんなモッサイ奴パース」

「………確か、山吹…桜」

「あ? 百合が下の名前で呼ぶなんて珍しくねぇか。何だ、気に入ってんのか?」


 おぉ!!

 桜君の話題が生徒会の口に上っている!

 しかも、ちょっと澤村会長が興味持ちはじめちゃってんじゃん!!

 これは俺も加勢しなければ。


「おい、お前等。2-Aの生徒に手ぇ出すんじゃねぇぞ? 特に桜は俺専属なんだよ、わかったか」


 俺様発言した矢先に、香坂副会長の黒オーラが噴き出した。

 他のみんなも、あのワンコな相川でさえ一瞬目を見開いた。


「…へぇ、テメェもその桜って奴のこと気に入ってんのか」

「ふーん、ただのモッサリじゃないのかもねぇ…」

「レンちゃんとゆーちゃんが気に入った子、ボクも会いたいな☆」

「…………山吹桜…」


 ふっ、俺の言葉で生徒会全員が桜君に興味を持ったみたいだな。

 香坂副会長の笑顔が怖過ぎるけど、萌えのためなら多少の犠牲は仕方ないのだよ!!

 あーヤベェ、メチャクチャ楽しみになってきたんですけど!!




『三場・入学式』




 この学園は集会をする時には体育館じゃなくて講堂を使う。

 音楽ホールみたいにすり鉢状に席が設けられてて、ステージも広くシアター設備もあったりなんかしてかなり金が掛かっている。

 丁度一年前、このステージに上がった記憶が甦りそうだ。

 新しく赴任した教師として校長の紹介により壇上に上がった俺は、生まれて初めて男の子の黄色い声を浴びせ掛けられた。

 大学では勉学と腐道まっしぐらで彼女すらいなかった俺が、ホスト教師として外見を磨いたとはいえたった昨日今日でこんなにモテてしまうとは。

 しかも、この学園は容姿のレベルが半端なく高い。

 可愛子ちゃん達に『抱いてー!』とか言われた瞬間、壇上で鼻血噴き出て失血死するかと思ったくらい萌えた。

 あ、もちろん鼻血は出してないからね。

 ちなみに俺はメチャクチャノーマルだから、普通に女の子が好きです。

 前々から思ってたんだけど、ノーマルな男がBLを好きだから『腐男子』って言われるのであって、ゲイとかバイとかがBL好きなのはただの自然の摂理なだけだから腐男子とは言えない。

 と、俺は思うんだよね。

 …ヤバ、真面目に考察しちゃった。


「瀬永先生は校長先生の後に挨拶ですからね?」


 まだ黒オーラを背負っている香坂副会長に声を掛けられ、ようやく思考の海から抜け出せた。

 控室から階段を上ってステージに出る訳だけど、ついつい舞台袖から校長が喋ってるのを見て思い出に浸ってしまった。


「後、挨拶が終わったら生徒会の登場を促して下さい」


 意外かもしれないけど、香坂副会長はとにかく真面目だ。

 去年も書記として生徒会に在籍してたけど、ニコニコと黒オーラを出して他のメンバーの尻を叩いていたみたいだ。

 澤村会長も去年は書記をしていたけど、こっちは何と言うか…まぁ不真面目だったかな。

 良く東屋で昼寝をしているのを見かけたことあったし。


「わかってるっつーの。香坂は他の奴らの心配でもしてろ」


 そっちの方が俺は萌える。

 今一番のブームが王道転校生総受けなだけで、俺としては俺様生徒会長×美人副会長とか、無口ワンコ後輩×チャラ男先輩とかでも十分美味しい。

 俺なんかと絡むくらいなら、是非他のメンバーと絡んで萌えさせてください。

 不服そうな顔で階段を下り控室へと戻って行く香坂副会長を見送ると、俺はまたステージに目を向けて耳だけを研ぎ澄ます。


「百合、お前やけに顧問を構うじゃねぇか」


 ブフッ、澤村会長嫉妬ですか?

『お前は俺だけを見てりゃいいんだよ』みたいな!!


「何を言ってるんですか、菖蒲。あの人はぼぅっとしているから、放って置けないだけですよ」

「とか言って、気があるんじゃないの~? アイツ中々……」


 あ、校長の挨拶終わった。

 クソ…関君が何か言ってたのに聞き取れないし。


 仕方がないと諦めながらも、後ろ髪を引かれる思いでステージ中央まで歩み出る。

 途端に起こる生徒達の歓声。

 これを聞く度に『王道学園だ』と実感して嬉しくなってしまう。

 視線を動かして自分のクラス2ーAを見ると、周りの声に驚いているような桜君と、それを説明している神田君が見えた。

 ふふふ、桜君…この後出てくる生徒会に比べたら、こんな声はiPodの音洩れ程度でしかないのだよ。


「うるせぇっ、黙らねぇと犯すぞ!!」


 手を気怠げにポケットに突っ込んだまま、電源の入ったマイクに向かって怒鳴る。

 すると、一瞬静寂に包まれた後さっき以上の歓声が起こった。

 その煩さに眉を寄せて眉間に深い皺を作り、不機嫌そうな表情をわざと張り付ける。


「あー、もう面倒臭ぇな。…おい、香坂! 後頼んだ」


 次の出番のため舞台袖に控えている香坂副会長に向かってマイクで言うと、面白いくらいに黒いオーラが噴出した。

 その後ろでは面白そうに笑う澤村会長と関君が見える。

 俺はそれだけを言うと、まだ退席することは許されないからステージの隅に置かれた椅子に腰掛ける。

 隣には校長先生がいるけど気にしない振りをして悠然と足を組む。

 そんな俺の態度に笑みを深めてゆっくりと香坂副会長がステージに出て来た。

 それに続くように澤村会長、関君、鈴枝君、相川君の順番に出て来たもんだから、講堂内はライブハウスさながらに生徒達は総立ちで奇声を上げる。

 チラリと視線を向ければ、きっと驚いているだろう桜君は立っている生徒によって見えず、内心舌打ちしながら仕方なく生徒会メンバーに意識を向けた。

 ここからの進行は香坂副会長に代わり、生徒会役員による挨拶と学園の説明になる予定だ。

 これが終わればHRになり、午前中で帰宅となる。

 そうしたら、後は昼食の時間に寮の食堂へ行くだけ。

 あれだけ興味を示したんだから、間違いなく生徒会メンバーは桜君を見に行く。

 ムフフッ、いい席確保しなきゃな。

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