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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンの人々
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速読

 速読。つまり、本や資料を早く読むスキル。

 たしかイーロおじさんも同じスキルを持っていた。以前、冷血というスキルを剥奪した人も速読のスキル持ちだった気がする。

 調べ物をしたりとかするのにはとても便利で、有用なスキルだ。


「それは…………要りませんね。制御できるならともかく」

「そうなのよ! 分かってもらえて嬉しいわ」


 わたしの感想に、丸眼鏡の女性は前のめりになってウンウン頷く。腰まで浮かせていた。


「本を開くと、勝手にそのページの内容を一瞬で読んじゃうのよね。パラパラめくるだけで内容が頭に入ってしまうから、新聞とかを読むのならいいんだけど……」

「小説だと、たぶん味気なくなっちゃいますよね」

「試してはみたのだけど、速読で小説を読んでも面白くはあるのよ。読み終わった後にジーンと感動が来る感じ。でもダメね。大好きな物語はワクワクドキドキハラハラしながら、一行一行を大切にじっくりと読みたいもの」

「分かります。ええ、分かりますよ。わたしも本はゆっくり読みたい派ですから」


 今までいろんなお客さんが来たけれど、こんなに共感できたのは初めてかもしれない。

 ハズレスキルとすら言い切れないスキルだけど、趣味が高じたスキルではあるのだろうけれど、こんなに邪魔なスキルはなかなかない。

 とはいえ。


「ですが発動するかしないかを選べれば、便利なスキルではありますよね。そしてそのスキルはたぶん、修練しやすい部類に入るでしょう。コントロールできるまで習熟するのを待つという方針もあると思いますが」

「ええ、本当ならそうするべきよ。でもそれが嫌なの。だってせっかく大好きな作家さんの大好きなシリーズの新刊が発売したんだから、一刻も早く読みたいって思うのは当然じゃない?」


 この人は本を買ったけれどまだ読んでいないって言っていた。挟んであった栞を羨ましそうに見ていた。

 忙しくて読めないとかではなくて、読みたいけれど我慢しているのだろう。今のまま速読スキルで一気に読んでしまいたくないのだ。

 けれどいくら訓練しやすいスキルだとしても、特訓して数日とかで任意にオンオフができるようになるかどうかというと……さすがに難しい。それにスキルは感情によって左右されることもあるから、感極まるクライマックスでいきなり発動してしまったら目も当てられないに違いない。


 完璧を期すなら、読めるのは数週間後、あるいは数ヶ月後ということもあり得る。そんなの耐えられない。


「その気持ちもとてもよく分かります」


 深く頷いて……こんなに同意すると、ちょっと鬱陶しいとか、厚かましいとか思われたりしないだろうか。演技で同調してるだけみたいに感じられるかも、なんて考えてしまう。

 いい人そうだし趣味が合いそうだからか、うっかり油断しちゃいそうだ。いけない、ちゃんと営業用の仮面を被らないと。


「本来は有用なスキルであっても、人によっては障害に感じてしまう。そういうことはありますし、一刻も早くどうにかしたい理由も理解できました。ですが、料金の方は大丈夫ですか? わたしの剥奪はけっこう高額ですが」

「後々、スキルとお金が惜しくなりはしないか心配してくれるのね。ええ、役立つスキルではあるし、値段的に安くもないのは承知しているわ。……でも読書ってやっぱり素敵な体験でしょう? だったら妥協したくないのよ。初めて読む本ならなおさらね」


 どうやら決意は固いようだ。同好の士としてその姿勢には感服するしかない。

 もし逆の立場だったら、わたしは剥奪の値段に躊躇してしまうかも。それで我慢できずに新作を読んでしまってひどく後悔しそう。

 ……いや、剥奪の値段はわたしが価格設定したのだけど。


「すべてご承知のうえでしたら、スキル剥奪をさせていただきます。ではまず注意事項の説明、そして取り除きたいスキルの詳細な質問をしていきますね」


 わたしは雰囲気作りのアイテムである水晶球とお香を用意しつつ、改めて姿勢を正す。






 スキルを発動し、わたしはトプンとあの丸眼鏡の女性の精神世界に入る。

 ああ普通だなって、第一印象。

 今回は本の話だったからまだ良かったけれど、こういうお喋りな人ってわたしはちょっと苦手。


 でも、この世界だと言葉はなくって、だから安心する。


「陽だまりみたいに明るくて、スキルの量は普通くらい。大きさも……いくつか大きいのはあるけど、だいたいは小さめ」


 この水で満たされたような精神世界に、スキルは光球として漂っている。……たったそれだけの空間なのだけれど、その感じから少しだけその人のことが分かる。

 大きいスキルがあるって言っても、ロアさんみたいに並外れたものはない。あと、魔法系のスキルは一個もなさそう。種類は知識系とか生活系がメインっぽくて、いかにも本を読むのが好きな主婦って感じ。

 試しに一番手短な場所にあった、大きめの光球に触れてみる。……うん、料理。この人はずいぶんと料理が得意らしい。それもあんまり高級っぽいやつじゃなくって、家庭料理の延長線上みたいなものだろうか。ちょっと羨ましいな。


「さて、剥奪したいのは速読だけど……」


 わたしにとってこの世界は、相手のことが直に分かるもの。嘘も行き違いもなく、相手の心の有り様や持っているスキルから、その人がどんな生き方をしているかまで推測できる空間。だから好きだ。

 けれど同時に、後ろめたい気持ちにもなる。この世界でお相手は嘘もつけないし隠蔽もできないから、どうしても覗き見をしている気分になってしまうのだ。

 相手はいい気はしないだろうな、と思う。というか、わたしだったらこの世界を見られるのは嫌。自分で自分のこの世界に潜ることはできないけれど、きっと呆れられるような構成をしてるに違いないから。


 だからなるべく余計なものは見ないようにして、早めに目的のスキルを見つけて剥奪するのが常だった。


「でも、どれ?」


 速読は、まあ知識系だろう。でも新聞とか雑誌とか日常的に読む人はいるし、生活系の可能性もあるにはある。そもそも光球の色合いって珍しい尖ったものじゃないとあんまり当てにならないから、イマイチ目星がつかない。

 大きさはたぶん、小さめだと思う。きっと順当な習得スキルで、発現したのは最近なのだから育ってないはず。

 ……うーん、けっこう候補がある。まあこういうときは仕方がないから、一つずつ確認していきましょう。


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