大抵のことに興味がなく、大雑把で、細かいことを気にしない
「――それで、シシさんは無事に緑の手を発現して、ロアさんのお知り合いのお手伝いに行ったのですね」
「ああ。君に挨拶したかったようだが、その知り合いの事業が切羽詰まっているようでな。今朝早くに発ったよ」
翌朝、私はスキル剥奪屋を訪ねていた。
今回は……というか、なにかあるたび毎回のように助けられているのだが、アネッタ殿には本当に世話になった。
緑の手のスキル輝石を譲ってもらい、いろいろと相談にも乗ってもらって、シシのために料理までしてくれていた。せめて説明くらいはしておくべきだろう。
もっとも、さすがに全部は話していない。
シシがペンドラ出身であることや、行き先が我が長兄ハルロンド・エルドブリンクスの元であることは知る必要がないというか、知らせても混乱させるだけだろう。
「お別れの挨拶ができなかったのは残念ですね。お引っ越し先でお元気で過ごしてくれると嬉しいのですが」
「環境はいいと思う。少なくとも私の元にいるよりよほど待遇がいいはずだよ。……まあ、と言っても王都内にいるからな。落ち着いたらまた会いに来るかもしれないから、そのときはまた話し相手になってやってくれるとありがたい」
「あ、そ……そうでしたか。たしかに王都内でしたら、会おうと思えばいつでも会えますからね。では、またお話できるのを楽しみにさせていただきますね」
どうやらかなり遠くへ行ったと勘違いされていたようだな。長兄殿が住んでいるのは宮廷だし、彼の管理する薬草畑だって中央区の外れにあるはずだ。馬車や車があればそう遠くはない距離である。
緑の手の所持者として兄の協力者になるのだから、あまり気軽に来ることはできないかもしれないが、それでも今生の別れということはない。
「でも、あのスキル輝石がお役に立てそうで良かったです。きっと元の持ち主の方も喜ぶでしょう」
「たしか庭師という話だったな。薬草の栽培に使うのだから、人々のために役立てることは間違いない。できれば、こちらから出向いてお礼を言いたいところだ」
「……すみませんが、お客さんの個人情報はお教えできません。お礼でしたらわたしが代わりにお伝えしましょうか?」
この辺りはさすがしっかりしているな。
とはいえ元の持ち主にしてみれば、まったく知らない人間にいきなり訪ねられるのも迷惑か。教えてもらえないのは妥当だ。
「そうか。では手数を掛けてすまないが、お願いさせてもらう」
「はい、必ず」
アネッタ殿は快く頷いてくれる。きっとこの約束は違えないのだろうと、その真摯な目が語っていた。
「しかし、シシが足で緑の手を発動したのは驚いたよ。それに部屋の中の植物を一斉に成長させたのも。あのスキル輝石は、庭木を整えても翌日には枝葉が飛びだしてしまう、程度のものだという話だったな? 発動の仕方も、速度も明らかに違う」
「先ほどの話を聞いた限りでは、あのスキル輝石ではあり得ない力を発揮してますね。シシさんが元々持っていたスキルとの複合進化としか考えられませんが……私も驚きです」
「元々シシには足で踏むことで発動する型のスキルを持っていたから、それと混ざったのだろう。強力になった上、任意に発動をできるようになったのだからいいことずくめではあるがな」
アネッタ殿は、スキル輝石使用時の能力の複合進化はかなり希なケースだと言っていた。今回はそれを引いたわけだが、緑の手の能力が損なわれる結果にならなくて幸いだ。
とはいえ、謎はある。
「アネッタ殿。剥奪スキルについてはまだ不明な点が多いことは承知の上で、この件に関して君の推察を聞きたい。既存のスキルとの相性が良すぎると複合進化が起きるかもしれないとの話だったが、どうして手で使用するスキルである緑の手と、足で使用するシシのスキルでそれが起きたのだろう?」
「いえ、あの緑の手は手で発動するスキルではありませんよ」
ん?
「あ、その……緑の手は、元は植物を育てるのが上手い人を讃える言葉なんです。こんなに美しく植物を育てられるなんて、あなたの手は緑を元気にさせる力があるのではないですか、という褒め言葉ですね。今ではそれが植物を育てるスキルの呼び方になっていますので、私もあのスキルを緑の手と呼んでいただけで……。元の庭師さんのスキルも、手で触れた場所のみという条件は聞いていません」
「それは……そうなのか。いや、たしかに緑の手は植物を生長させるスキルだから、いいのか。緑の手というからには手が関係するスキルだと思い込んでいたが」
「すみません。紛らわしかったですよね。最初に伝えるべきでしたか……」
「いや、なんの問題もない。私の知り合いからしてみれば、植物を育てることさえできれば気にもしないだろうさ」
そう、問題はない。私が勘違いしていただけだし、シシがこれから請け負うだろう仕事にもなんの影響もない。
だが……もしかして足で発動するものでも、緑の手と呼べるということか。
つまりそれは、あの会心の笑顔が空回りということにならないか。
……シシには言わないでおくか。
「その、とにかくですが……なのであの緑の手が足のスキルと親和性があったというのは、変ではありません。それに植物は土に根を張って栄養を得ますから、地面からのアプローチはかなり効果的だと思うのですよね」
「なるほど、周囲の植物へ無作為に影響を及ぼすスキルに、シシの踏むスキルが指向性を持たせた進化かもしれないな」
元々、シシのあのスキルは魔術系だと思っていた。そして、緑の手は間違いなく魔術系だ。
似ても似つかないスキルだが、緑の手の補助としてあのスキルを使ったということなら、分からなくはない。
「後は、シシさんの意思ですね。スキルは精神的な影響を受けやすいですから、シシさんが緑の手を意図的に進化させた可能性があります」
「そんなことができるのか?」
「スキル進化については専門家でもまだ解明できてませんので、断言はできませんが……強い意志があり、そしてそのときの精神状態によっては、可能性はあるのではないでしょうか」
精神状態か。そうか。
あのときのシシは……少なくとも平常心ではなかっただろう。
「ふむ、だいたい納得できたな。ありがとうアネッタ殿」
「いえその……素人の推測ですからあまり信じすぎないで、参考程度にとどめてくださいね」
相変わらず謙遜する人だな。素人ということはないだろうに。
だが、その人柄には好感が持てる。
「シシは君にとても懐いていたよ。家でもよく君の話をしていた」
だからだろうか、そんな言葉がスルリと漏れた。
「そうですか? それは、普段より料理を頑張ったかいがありましたね」
「食事面は本当に助かった。結局最後まで、私の料理には不満ばかりだったからな。……そういえばその件で、綺麗に花が咲いた鉢を君に贈ってはどうかと提案されていたよ。もし邪魔にならないのであれば、ここへ一つ持ってきてもいいか?」
「それは……嬉しいですね。いただいてよろしいのでしたら、ぜひ」
フワリとした微笑みに安堵する。言ってから気づいたが、私が女性に花を贈るだなんてさすがに似合わなすぎて、笑われてしまうのではないかと思ってしまった。彼女はそんな人物ではなかったな。
受け取ってくれるのならばなによりだ。シシも喜ぶだろう。
「では、どんな花がいいだろうか? 大きさや色などのリクエストがあれば……」
「やっぱり、今日は少し元気がないですね。ロアさん」
息が詰まる。
すぐに否定の言葉を発しようとして口を開けて、けれど閉じた。自覚こそなかったが実際に言われてみれば、おそらくその通りなのだろうと分かってしまったからだ。
「シシさんがいなくなって寂しいですか?」
「ああ……まあな」
観念して頷く。一回自覚すれば、すんなりと認めることができた。
先ほど、アネッタ殿に花を贈ろうとしたとき、思ったのだ。……まったく感傷的なことに、シシのことを知る彼女に、シシがいた証であるなにかを持っていてもらいたいと。
会おうと思えばすぐに会える距離だと自分で言ったばかりなのにな。
「ふてぶてしくて生意気で、とにかく騒がしかったがな。そういうのがいざいなくなってみると、妙に家が静かなんだ。元に戻っただけなのにな。送り出したのは私なのだが、取り残されたように感じたよ」
決して長くはない期間だった。それでも、いろいろなことがあった。
新しい発見ばかりの日々だったし、けれどなんということもない日々だったようにも思う。
その日々は、私の中でいつの間にか大きく育っていたのだろう。
「――思えば私は、シシのことを弟のように思っていたのかもしれない」
言って、笑ってしまう。
もし弟だったら、あのシシが王族ということだ。さすがにあり得ない。
しかし教育係と毎日追いかけっこする姿が想像できてしまって、それがおかしかった。
「あの、ロアさん」
アネッタ殿が遠慮がちに声をかけてきて、私はハッとして我に返った。どうやら浸ってしまっていたらしい。なんともバツが悪い。
視線を向けると、少女は困惑したような、怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。私はそんなに似合わない表情をしていたようだ。――そう申し訳なく思っていると、アネッタ殿が考え込むように眉を寄せる。目を逸らして気まずそうな表情をする。泣きそうな顔にまでなった。
明らかに様子が変で、いったいどうしたのだろうかと困っていると、やがて彼女は意を決したように私をまっすぐ見る。
真剣で、真摯な眼差しを向けられて。
「………………シシさんは、女の子ですよ」
知り合いに植物好きで、専用の部屋まで作って温度管理したり光合成できるLEDライトやらを揃えて育てている方がいます。いろいろと教えてくれるので、最近は私も興味が湧いてきました。ところで身近にガチな人がいると敷居高く感じますよね、KAMEです。まずは小さいサボテンとか狙ってます。
さて、これにて三章終幕です。いかがでしたでしょうか。
今回はスキル輝石から始まる、アネッタではなくロアを主軸とした話になりました。まさか途中でオチの部分を言い当てる感想をいただくとは思わなかったです。あれは嬉しかったですね。また対戦よろしくお願いします。
次章は書きたかった短話をいくつか書いていこうと思いますので、お楽しみいただければ幸いです。