グレスリーの調査結果
「君がシシさんですね? 初めまして、グレスリー・ドロゥマンと申します」
グレスリーを家の中に通し、シシと面会させる。
二人で生活しているので、リビングに椅子は二つしかない。グレスリーとシシを席につかせ、私は部屋の壁にもたれて立つ。
他の部屋から持ってくれば椅子くらいあるのだが、どうにも我が隊の作戦参謀殿はシシと二人で話したがっているような気がした。
「初めまして。シシです。おじさまはロアお兄様のお知り合いですか?」
ちょっと前までスラム流だったのに、ぎこちなさを感じない流れるような敬語だな。挑発的な慇懃無礼さは否めないが、堂々としている。
「ええ、彼の部下になりますね」
「おじさまの方がかなり歳上のようにお見受けしますが、ロアお兄様の方が上司なのですか?」
「そうですな。なにから話せばいいのかと考えていましたが、まずはそこから話しましょう」
微笑みを浮かべながら優しい声で話すグレスリーの姿と、背筋を伸ばしてちゃんとした敬語を使うシシを見ていると、まるで異界に迷い込んだ気分になってくるな。……もう少し原型を残せと思う。
「そちらのロア殿は、本名をロア・エルドブリンクスと言います。この国の第三王子にして王位継承権第四位の御方ですな。王国軍の軍人として、先の南部戦線で最大の戦果を挙げた英雄でもあります」
おい。
「……はぁ? バカかオッサン。冗談にしてももっとマシな嘘つけよ」
敬語を崩したシシを咎めはすまい。
私は壁から背を離して、一歩前に出た。片眼鏡の部下を見下ろす。
「グレスリー。なんのつもりだ?」
「先ほどこの身は、殿下の作戦参謀としてではなく一人の王国臣民としてシシさんに面会を求めました。今日は殿下の都合より、王国への忠義を優先させますとも」
「詭弁だな。私はなんのつもりだと聞いたぞ」
私が圧をかけても、グレスリーは微笑みを崩さなかった。私に威圧スキルがないと言っても、彼にも冷血スキルはないだろうに。
「我々は南部戦線でずいぶんと暴れましたからな。シシさんには腹を割って、すべて話さなければなりますまいと、その責務があると感じたまでです」
王国への忠義の次はシシへの責務か。いったいなんなのだ。
「南部戦線にて襲撃された王都南区の被害地域で、シシさんの年齢に該当する行方不明者は出ていません」
「なに……?」
「戦災被害者たちの厚生事業は第一王子ハルロンド様でしたからな。ずいぶんと詳細な記録を作っていました。もちろん他にも様々な資料を、それこそ戸籍謄本まで確認しましたから間違いないですとも」
様々な資料、か。グレスリーが言うならば本当に、徹底的に調べたのだろう。
冷血スキルのせいで冷酷で恐ろしい印象を持たれることが多いこの作戦参謀だが、その能力の本質は極限まで不確定要素を取り除く下調べにある。
徹底主義者。あるいは極度の心配性と言ってもいい。
……有るのならば、見つけてしまえばそこまでだ。
だが無いものを無いと断言するのならば、すべてを確認しなければならない。おそらく膨大な資料と格闘させてしまったのだろう。ずいぶん手間を掛けさせてしまったようだ。
しかしシシが行方不明者ではないというのはどういうことだ? 戦災によって孤児になったならば、保護されるか行方不明ではないのか。
「死亡者扱いになっているということか?」
「そこは疑いましたとも。あとは成り代わりですかな。結論としては違いました」
「おい待てよ。なに二人でそのまま真面目な話しようとしてんだよ。なあ、さっきの王子がどうとかは嘘だよな?」
シシが横やりを入れてくる。……いや、横やりを入れ話を逸らしたのは私の方か。
まあいい。グレスリーがバラさなくてもどうせ打ち明けることだった。もし今日シシが緑の手を発現したなら、事情と共に話していただろうことだ。
「いいや本当だ。私はこの国の王位継承権第四位だとも」
私の答えに、シシが目を見張る。
「……そんな奴がなんでこんなところにいるんだ?」
「そうだな。他に建前も本音もあるが、君が分かりやすい理由を一つあげるのならば……英雄になってしまったせいで王様になれるチャンスが出てきてしまったので、こんなところに逃げてきたといったところか」
「わりと分かりやすいじゃねーか。向いてなさそうだもんなお前。は? マジなのかよ」
本当だと言っているだろう。
まあ信じられない気持ちは分かるし、なんなら信じなくてもいい。今、私の素性はあまり重要ではない。
問題はグレスリーがなにを思ってここに来たかだ――
「殿下。緑の手は今お持ちですかな?」
それも話すのかと文句を言いそうになったが、緑の手が発現するかどうかは今日試すつもりだったのだから、どうせ説明することか。
ため息を吐く。ポケットから小箱を取り出して、開いてテーブルに置く。淡く光る緑色の輝石に、シシの視線が引き寄せられる。
「こちらは一見宝石に見えますが、緑の手と呼ばれるスキルが封印された輝石になります。簡単に説明すれば、この中に植物を育てるスキルが入っているのですな。殿下はシシさんにこのスキル輝石を使わせて、兄である第一王子が手がける薬草栽培の手伝いをさせようと考えているのです。知っていましたか?」
「……なんだそりゃ? 第一王子とかスキルが封印されてる石ってずいぶんエグいこと言ってるな。頭のネジがいくつぶっ飛べば路地裏のスリにそれをやらせようってなるんだ? つーか、くれるってそういう意味かよ」
たしかに正気を疑われても仕方がないが、せめて自分で説明したかったのだがな。まったく僭越なことをしてくれる。
私はテーブルの横に立ったままグレスリーを睨む。しかし彼は私に一瞥もくれなかった。
ただ、自分の対面に座る子供をまっすぐに見る。
「シシさん。あなたは、南方のペンドラ王国出身者ですね?」
クラリと目眩がした
「南部国境検問の出入国記録を調べました。シシさんの名は南部戦線が始まる少し前に記録があります。両親と一緒だったようですね」
「……へぇ。しっかり調べてくれんじゃん」
まるで悪戯が遅れてバレた子供のように、シシが口の端を吊り上げる。
やっと気づいたのかと。
「あなたは戦争に巻き込まれ両親を亡くし孤児となったが、この国に戸籍のある人間ではなかった。もっと言えば敵国の子供だった。なので被災者の名簿に入らず戦災孤児として保護されることなく、むしろ逃げて路地裏に潜んだ。戦時だったので故国に帰る方法もなく、盗みを働いて生きてきた。間違いありませんか?」
「ハハッ、あんた優秀だな。やっぱ偽名使えば良かったぜ」
心が理解を拒否する。
けれど脳はそれらの言葉をしっかりと理解していく。
「一つお伝えしたいのですが、たとえあなたがペンドラ王国の人間でも、我々は保護しましたよ」
「それ信用しなきゃダメか?」
「ハハハ、たしかに疑わしいでしょうな。ところであなたの両親が工作員だったかどうかお聞きしたいのですが、なにか心当たりはありますか?」
「さあ? フツーの子供だったんでね、なんも知らねーよ」
二人が話している。私はそれを横で聞いている。
「グレスリー」
名を呼んだ。けれどその先がなにも出てこなかった。
話についていけない。けれど頭では理解している。
「殿下へご進言いたします。この子供は我が国を恨むに十分な理由があります。ハルロンド第一王子様に近づけるべきではありません」