威圧スキル
テーブルの水晶へ視線を落とす。この人の目は険がありすぎて恐いから、真っ直ぐ相手を見なくていいこの演出がありがたい。
「まずは、あなたの名前から教えていただけますか?」
「ああ。私の名はロアという。こんななりだが、現役の軍人だ」
……現役軍人。だからあの手際でイーロおじさんを組み伏せることができたのか。
というか現役軍人だとしてもこれだけ封印具だらけで、よくおじさんが接近してきたのを察知できたものだ。よほど強力な、地獄のような実戦で練度を上げたスキル持ちなのではないか。
きっと、この人は戦争経験者。
――おそらく一年前に終結した、南方の国との戦争参加者。
「今回、君に剥奪を依頼したいスキルは威圧だ」
「……威圧、ですか」
それが、ロアさんがこれだけの封印具によって抑え込んでいるスキル。
最初にわたしを卒倒させたのは精神干渉系のスキルによる効果だと感じたが、なるほど威圧。
……こうして向かい合って座るだけで目を合わせられないのは、それが原因か。いやそれはいつものことか。
「実は何日か前に、見合いの話がきてな」
「へ?」
予想外の話がきた。
すぐに理解できなくて、見合いって背中合わせから互いに五歩進んで、同時に振り向いて銃を撃ち合うアレだっけ? だなんて考えてしまったほど。
「以前のゴタゴタが終わって最近はやっと軍部も落ち着いてきたからか、独身の兵卒たちが祝言をあげることも珍しくなくなってきていてな。それ自体は喜ばしいことなのだが、ついに私にもそういう話が来てしまった。あまり気乗りはしなかったが、断ろうにもお相手の家柄が良くて断り切れなかった」
「なるほど。それで悪印象を与えるかもしれない威圧のスキルを除去して臨みたい、と」
「いや。すでに見合いは終わっている。顔を合わせてすぐ君のように気絶してしまい、あえなく破談となってしまったが」
おおう……。
「まあ今回、ご破算になったことはいい。もともと気が乗らなかったしな。しかし独り身であるのはともかく、普通の相手とまともに話せないのは問題だ。今も封印具をこれだけ付けたうえで、必死で抑えてなんとか君と話している」
「たしかに問題ですね……」
「先ほどの魅了スキルの話と同じだ。環境が変われば良いスキルもハズレになる。戦場では敵の動きを鈍らせ、味方にもスムーズに命令を聞かせるための手段としては優秀だったがな……もう、戦争は終わったのだ。今では敵を作るだけのハズレスキルだよ」
つまりこの人は、威圧を有用活用して戦争を戦い抜いたのか。味方にも使っていたのはなんだか恐ろしい話だけれど、戦場ではきれい事ばかりは言っていられないはず。
先の戦争では彼ら軍人が頑張ってくれたおかげで、この王都にはほとんど被害がなかった。戦火は遠い場所の出来事だったし、民間人の徴兵もなかった。税金と物価は少し上がったけれど、ピペルパン通りは日常を維持していた。
彼はわたしたちの日常を守ったけれど、その代わり自分が日常に戻れなくなったのだ。
「職業病のようなものですね。職務で必要なスキルを伸ばしすぎて、その結果生活に支障をきたす。そういったお客様もよくいらっしゃいます」
「……私と似たような客はよく来るのか。ハズレスキルは意外と多いのかもしれんな」
「完全にオンオフのコントロールができれば、ハズレであっても封印したり除去したりする必要はないのですけれどね。特に発現したては制御も難しいですから、先ほどのイーロさんのように駆け込まれる方もいますよ」
「あれは完全に自業自得だったがな」
それはそう。イーロおじさんはもう少し、普通の生活を心がけてほしい。
「では、除去する威圧のことを教えていただけますか?」
「パッシブ型の精神干渉系だな。強弱はある程度コントロールできるが、完全なオフにはできない。効果は人によって変わって、気の弱い者はその場で気絶する反面、気丈な者には動きをいくらか鈍らせる程度ですむ。私の顔を見ていない相手には多少効きが弱まるが、完全ではないことから容姿由来ではなさそうだ」
「なるほど、いつ頃に発現したスキルですか?」
「軍属して数ヶ月ほどしてからだな。初めての使用は命令を聞かない部下に対してだ」
おや? 入隊して数ヶ月で部下がいる?
ロアさんはあっさり言ったけれど、それはけっこうエリートさんなのではないか。そうとう良い家柄の人しか入れない、王都中央の士官学校卒業者なのでは。
「顔を見ていない相手にも有効ということでしたが、効果範囲はいかほどでしょうか?」
「…………さてな。測ったことはない。それなりに広範囲だとは思うが」
「分かりました。ありがとうございます」
すでに情報は十分すぎるほどだ。自分で体験までしているのだから間違いようがない。
むしろ余計な話までいろいろ聞きすぎた気もする。これは失敗なのではないか……いや、今考えるのはよそう。お客様の前で吐くわけにはいかない。
「では、威圧を剥奪させていただきます。わたしのスキル発動には接触が必要になりますので、お手をよろしいですか?」
「ああ。手袋は取った方がいいか?」
「お願いします」
右の白手袋を脱いで、素手が差し出される。わたしがその手を握ると、相手の手がピクリと動き動揺が伝わった。
……握手は嫌だったのだろうか。潔癖症の人かもしれない。でも、指先でチョンと触るようなやり方だと汚物扱いしているようで失礼だと思う。イーロおじさんにやったように、手の甲に重ねるようなやり方の方が良かっただろうか。
また後で吐きながら反省会しなければ。
「始めますね」
悪い思考に囚われて胃が限界を迎えないうちに、仕事に入る。