第一王子について
「アハハハハハ、だよねぇ。農学、薬学の研究者にして我らが国の第一王子。王位継承権第一位の優しきハルロンド・エルドブリンクス様だ。あなたに気軽に人捜しなんて頼めるのは彼か、お姉さんのセレスディア様、そしてご両親くらいだよ」
やはり誰の依頼かは分かっていたな。ただ、読みは少し甘い。私に気軽に依頼してくる相手はけっこういる。部下とか。
「彼なら緑の手の保持者を欲しているのも納得だ。たしか最近は乳幼児のための薬を研究してるんだったよね。きっとそれで珍しい薬草が必要になって、量産とかを考えているんじゃないかな」
長兄殿は第一王子ではあるが、あの姉上ほど民衆の人気があるわけではない。……というのも、ありていに言えば凡庸なのだ。
農学、薬学の研究者であり、その分野へいろいろと貢献はしている。が、現在まででめざましい成果はあげているかと言うと首を横に振らざるをえない。また、天啓持ちの妹が目立ちすぎるために日陰者のようになっているのも彼の不幸だろう。
彼の近況まで言えるのは王家と交流のある貴族か、熱心な王室マニアか、このイーロ博士のような知識人くらい。
まあ……凡庸であるがために、有力貴族たちからの人気は高いのだが。彼が王になれば今の体制は維持されるだろうし、さらに言えば普通の魅力があるのだ。
長兄殿は広く名声が轟くような傑物ではないが、真面目で私利を求めない清廉潔白な人柄だ。彼と会話した人はみな好感を抱く。
いい歳なのにいまだに独身なのも学問に打ち込みすぎた結果だしな。大貴族の娘たちからの求婚も多く来ているらしいから、ちゃんと人を引き付けるカリスマは持っている人物である。
「もしかしてハルロンド王子がついに次期王としての自覚を持って、成果作りに動き出した……ということもあり得るかい?」
ふむ。私がこの件について秘匿するべき事柄はないと言ったからだろうか。質問に遠慮がなくなったな。
だが気になるのは分かる。なにせ聖女伝説のある緑の手なのだ。そういう話にもなってくるのは、むしろ当然。
「農学、薬学の研究者たるハルロンド・エルドブリンクス様が伝説の緑の手を持つ協力者を迎え入れれば、それは大きな話題になるよね。さらにそれで成果を出せば、民衆も彼を放っておかない。継承権第一位の立場は盤石になると思うよ。……そんな意図があるなら嬉しいのだけれど、実際はどうなんだい?」
「そういうことだったなら私も嬉しいが、おそらくなにも考えてないな。政治よりも親戚の風邪を引いた子供が気になる人だ」
「アハハ。良王にはなるだろうけれど、賢王にはならないかもねぇ。まあ、本当に緑の手の所持者を迎えれば、それだけで周りが騒ぎ出すさ」
ニコニコと予言のように予想を口にするイーロ博士。
どうやらこの博士殿は、今のこの国には賢王よりも良王が必要とのお考えらしい。つまり姉上より長兄の方が評価が高いと。……うむ、妥当だな。
「ところでロア殿下は、私が今言ったことについてちゃんと理解できているのかな? しっかり考えて、そのうえでシシ君に緑の手を渡そうとしているかい?」
「それはまあ、もちろんだが……もしかして私にチャンスがなくなると言っているのか? 王位を継ぐ気はないから特に問題ないぞ」
「君はよくても、君のもう一人の兄殿が黙ってはいないだろう? 彼は王位を狙っているそうじゃないか」
半ば呆れながら、私は肩をすくめる。
次兄殿は素行が悪いから、あまり王室からの情報は発信されていないはずなんだがな。どこまで知ってるんだこの男は。
「たしかにアレにとっては邪魔な存在になるな。それに真面目で潔癖な長兄殿を疎む者もいる。賄賂で出世したい者などは次兄殿が権力を持った方が都合が良いだろう。――だから、うつけの方の兄が協力者を募って暗殺を謀るかもしれない、か?」
以前、アネッタ殿が長兄の陣営に取り込まれたら、という想定したことがある。そのときも同じ危惧を抱いたものだ。
だから今回も、それについては考えていた。
「緑の手は聖女伝説もある特別なスキルだからな。所持者の存在を大々的に公表し、ハルロンド・エルドブリンクス第一王子の協力者として周知してしまえばいいだろう。そうすれば、今は戦争の後処理くらいしかやることのない暇な軍が全力で護衛する名分が立つ。次兄殿に手は出させんさ」
「なるほどねぇ。うん、そこまで考えているんならいいんだ。出過ぎた話をしてしまったね」
「いや、ありがたい忠告だったとも。他にもあればぜひ聞かせてもらいたい」
心からの感謝を述べる。
彼と知り合えたのは本当に偶然だったが、幸運だったな。ここまでの意見をくれる相手は貴重だ。今後も頼らせてもらうことになるだろう。
「そうかい? じゃあもう一つの心配事なんだけどね。――シシ君は路地裏でスリをやっていた子供なんでしょ? すごく元気でやんちゃな子みたいじゃないか。でもそうすると、シシ君が緑の手スキルを習得できたとして、広く公表するプランだとそれはそれで問題が出てくるよね」
「ん? シシだとなにか問題があるのか? ……ああ、前科については子供が生きるためにやったことだし、しっかりと言い聞かせておくから酌量の余地を汲んで目こぼしいただきたい」
「そうじゃなくて、次の王様の右腕がマナーどころか、丁寧な言葉遣いの一つもできないんじゃ困るんじゃないか、って言ってるんだけど?」
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「……私が頼まれたのは緑の手の所持者を探すことだからな。そこはまあ、兄上に教育してもらえばいいでしょう」
「逃げるな」