失敗とやり直し
――ふむ。
真っ先に思いついたのは、シシが持つスリのスキルだった。
私から緑の手のスキル輝石を奪ったスキル。他者の所持品を盗むスキル。犯罪者のスキル。
あのスキルさえなければ、シシはきっと真っ当に生きて――いや、野垂れ死んでいたのだろう。
スキルは一朝一夕で習得できるものではないし、短期間で身につけるなら相当な訓練か――場数が必要だ。
子供が生きるために、文字通り死に物狂いで習得したスキル。おそらくあの逃げ足も、気配消しもそうだろう。
たとえそれが、罪を重ねて得たスキルだったとしても。私が強引に取り上げてしまっていいのだろうか。
「なるほど、面白い」
本当に面白い提案ではある。一考の価値どころか、多くの者がスリを剥奪すべきだと言うのではないか。
けれど……私は横目で、エレナ殿から植物の説明を受けるシシを見る。
「だが、どうだろうな。私もシシのスキルをすべて把握しているわけではないし、子供だから所持スキルの数は少なそうだ。不要なものがあるかどうかは分からない」
「そ……そうですね。剥奪屋をやっていると感覚が少しズレますが、普通の人は不要なスキルなんてあまり持ってないですよね。では、もしそういうスキルがあったら、ということで」
アネッタ殿の客はだいたいハズレスキル持ちだろうからな。普通の感覚がないのは仕方ない。
……けれどシシが持っているのはある意味で、そのハズレスキルよりも厄介なものだった。なにせ明確な悪意でもって他人を不幸にするスキルなのだから。
そんなスキルなど、やはり剥奪するべきではないか。今後、新たな被害者を出さないためにはそれが一番いいように思う。なんならシシのためにもなるのでは、とすら思う。
「どうかなさいましたか?」
「……いや」
心配そうに聞かれて、私は首を横に振る。少し急いで考えすぎだな。
緑の手の持ち主捜しは決して急ぎの仕事というわけではない。まあこの国の薬学発展のために早めに見つけた方がいいのだが、焦るべきではない。
だからこれは、今ここで答えを出さなくていい問題だ。
ただ……やはり、真剣に考えるべき問題でもあるのだろう。
「貴重な意見に感謝する、アネッタ殿。あとでシシにスキルについて聞いてみよう。そのうえで検討してみたい」
スコップを地面に突き刺す。足で踏み込む。土を掘る。
士官学校時代、塹壕を掘る訓練でよくやったな。実戦だとこういう仕事は部下たちがやったから、少しなつかしい。
アネッタ殿とエレナ殿が帰って、私とシシは大量の植物たちをどうにかする必要に迫られた。
なにしろマルクが無計画に大量に買ってきたものだ。鉢植えは屋内に移動させるだけでいいが、地植えの花や木も多い。荷車一台分とはいえ、箱詰めされた小さい花まで含めると数は多い。すべて植えきるのはそれなりに骨が折れそうだった。
「こんなものかな」
庭の端に大きめの穴を掘り終えて、私は一つ頷く。これなら一番大きな木の根でもしっかり入るだろう。
シシはまだ子供だ。私が大きくて重いものを担当しなければならないからな。
「おい待て。それはそこに植えるな!」
根が土ごと布で包まれた木を持ち上げようとすると、制止が入った。
どうしたんだ、と顔を向けると、片手で使える小さなシャベルで花を植えていたシシがこっちへ文句のありそうな目を向けている。
「なにかまずかったか?」
「それは枝が広がるし葉っぱが落ちる。隣に迷惑かけないよう庭の端には植えるなって言われてるんだよ」
……至極真っ当でちゃんとした助言じゃないか。しっかり説明を聞いていたんだな。偉いぞ。
「違う場所に植えよう。ありがとうシシ。危うくアネッタ殿に迷惑をかけるところだった」
掘った穴をスコップで埋める。
無駄な時間を使ってしまったな。だが、失敗をしたならすぐにやり直すべきだ。痛みが少なくてすむ。
「失敗したらやり直す、か」
アネッタ殿の剥奪スキルはまさしくそれができるものだ。ハズレスキルを習得してしまっても剥奪すれば除去でき、それだけではなく他のスキルを習得しやすくなるのだから、やり直すにはもってこいだろう。
――ただ、私は知っている。もっとその言葉にふさわしいスキルを。
トルティナという少女の因果律操作。己に起因する事象に干渉し、それをなかったことにするスキル。
最終的に所有者自身を世界から消し去ろうとしたスキル。
グレスリー辺りに言ったら首を横に振りそうだが、あれを見てしまうとすべての失敗に関して早々にやり直すのが良いとは思えなくなる。
なんというか、見切りが早すぎる気がするのだ。
なんというか……それまでの過程を、否定してしまうような気がするのだ。
「シシ。君のスリのスキルはいったいどんなものだ?」
新しく穴を掘る場所を決め、スコップを突き立てる。
「…………へぇ。やっとかよ」
まるで私がそう聞くのを分かっていたかのように、シシは笑いを含んだ声を返す。
「そうだよな。まずはどこまでできるか知っておきたいだろうしな。いいぜ、教えてやるよ。だが分かってるだろうが、まるっと全部正直に話すとは思わないことだな――」
なぜだろうか。なんだか妙に悪い顔をしているな。変な勘違いでもしているのだろうか。
まあ秘匿したい部分まで聞こうとは思わないし、教えてくれるのならいいか。