輝石
「それでは、こちらの石はお持ちください」
つつがなくわたしのスキル行使が終了し、テーブルの上に毒々しい色の輝石を置く。これもいつもの流れ。
けれど、イーロおじさんは首を横に振った。
「いや、いらないよ。体調は大丈夫だし、おじさんには物騒すぎるスキルだからね」
「ですが、毒がまだ……」
「ハハハ、心配性だねアネッタは。じゃあ毒消しの水薬を飲んでおくよ」
明るく笑うけれど本当に大丈夫なのか。
「だから、そのスキル石は彼にあげることにするよ。奢ってもらったことだしね」
そう言って、イーロおじさんは壁にもたれているフードの男性を視線で示すと立ち上がった。
見学していた彼に向き直り姿勢を正すと、最上級のお辞儀をする。
「今日は本当に助かりました。お礼と言ってはなんですが、よろしければ受け取ってください」
「…………」
さすが大学で教鞭を執っているだけあって、ちゃんとしようとすればできるらしい。
イーロおじさんは顔を上げると、今度は人懐っこい笑みをこちらに向ける。
「アネッタもありがとう。では、おじさんはこれで失礼するよ。また変なスキルついたら来るね」
「あ、早めに新しい有用なスキルを習得してくださいね」
わたしには大きく手を振って、イーロおじさんは扉がなくなった玄関から出て行く。
また来る気満々のようだったけれどそろそろアタリを引いてほしい。そもそもハズレスキルって珍しいものだし、四回も来てる人なんか他にいない。
「……なかなか面白い御仁だな」
イーロおじさんの背中を見送って、やっとフードの男性の番になった。壁際にいた彼はゆっくりとした足取りでこちらへ来る。
やっぱり圧がある。正直恐い……けれど、精一杯気を遣ってくれているのも分かった。
この人は見学しているときも、わざとわたしたちから遠い位置を選んで立っていた。
「どうぞ、おかけください」
「ああ。ありがとう」
彼はイーロおじさんがいた場所に座ると、テーブルの上に置いたままだった輝石を手に取る。
「これが……スキルなのか? こういう形は初めて見るな」
「他の人がやったらどうなるのかは分かりませんが、わたしのスキルだと輝石として剥奪されるみたいですね」
「……先ほど、剥奪したスキルは戻せると言っていたな。本人ならばこれを戻すことができるのか?」
「はい。触れて念じるだけで戻せます。なのでいつもは、お客様にお持ちいただきますね」
「私が念じたらどうなる?」
剥奪した他人のスキルを使えるか否か。そう聞かれたことは、一度や二度ではなかった。
それができるのならば魅力的、と考えるのは当然だ。今彼が持っているのはハズレスキルだけれど、有用なスキルを数多く剥奪して手に入れることができれば最強にだってなれるだろう。
「あなたのスキルにできますね」
答えると、ピクリと彼の白い手袋に包まれた指が動く。
「ですが、そこまで便利ではありません」
すぐに注釈を入れた。これは早めに言っておかなければならない。
「便利ではない、とは?」
「以前、魅了のスキルを剥奪したことがあります」
これは例を出して説明する方がいいだろう。
「その方は酒場の看板娘でしたので、そのスキルを有効活用して集客していました。ですが結婚して酒場のお仕事をやめてもまだいろんな男性に言い寄られ続け、困っていたところでわたしの剥奪を聞きつけたそうです」
「環境が変われば良いスキルもハズレになる。分かる話だな」
「剥奪はつつがなくできて、その方はスキル輝石を不要とおっしゃりわたしに下さりました。……そして、そのスキルを欲しいと言う方がいたので、お渡ししたのです」
「ほう。そしたら?」
「大量の蛾がその方に誘き寄せられました」
ぶふっ、と布で隠した口が息を吹き出す。
「その魅了スキルはどうやら、フェロモン……匂い由来のものだったようです。元の持ち主は男性にとって魅力的な香りを纏っていたようですが、新しい持ち主は蛾を誘引する匂いを発してしまったらしく、期待したものとは別の効果しか得られませんでした」
「スキル練度による違いではないな。人格、相性、環境などが関係する個人差であると推測する」
イーロおじさんと話していたときもそうだったけれど、この人は分析好きらしい。理解が早くて助かる。
「このように、スキルは持ち主も選ぶようです。ですので、その毒精製スキルも、あなただと別の効果になるかもしれません」
「精製する毒の種類や発動条件が変わったりするかもな」
「毒が手ではない場所から出るかもしれませんね」
「尻から出るのは勘弁だな」
想像して、ちょっと笑ってしまった。
初めて見たときはフードに恐ろしい目つきですごく恐かったが、こうして話してみると意外と普通だし、冗談も言う人らしい。
「……と、失礼。女性の前で失言だった」
そして紳士だ。
「いいえ、かしこまらないでください。先ほどの方にした説明を聞いていただいたと思いますが、リラックスしていただいた方が剥奪しやすいですからね」
「失言できるほどに緩んでいた方がいい、ということか。そう言ってくれるなら助かる」
「はい。それではそろそろ、あなたのスキルの剥奪をしましょうか」