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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンと輝石
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トマト嫌い

 一年前に終結した南部戦線では、天啓のスキルを持つセレスディア・エルドブリンクス王女――姉上が開戦と同時の奇襲を察知し、それになんとか対処できたことをきっかけにして終始有利に戦局を進めることができた。

 しかし、それでも我が国に被害がなかったわけではない。


 開戦時の奇襲はなんとか持ちこたえただけで、王国の南区の一部地域は町並みが壊滅し多くの民が犠牲になった。現在でも復興作業が終わっていないほどだ。

 戦争が始まってから危険地域の一般人は避難を行ったが、戦争終結から一年の月日がたっても南区へ戻った者は少ない。

 また、軍人の死者も少なくはなく、その中には家族がいた者もいただろう。


 シシはその戦争の被害者なのだろう。


 おそらく、南区の被害を受けた地域出身であると推測できる。

 もし軍部の人間の家族だったなら遺族年金などの恩給が手厚く保証されるはずだから、一般的な生活くらいはできるはず。また、西方諸国のゴタゴタがあるから避難者は中央区か東区へと振り分けられたため、西区にあたるこの辺りにいるとは思えない。

 シシは南区の危険区域に住んでいて、家族が死んで一人だけになって、政府による救済の手からもあぶれ盗みをしながらなんとか生き延びた子供。そんなところだ。


『……で、そんな子供を緑の手を使えるように訓練しようと。バカなんですか? 花屋のエレナさんならもう終わってる話なのに』


 無線でマルクが文句を言ってくるが、そのエレナさんだって確実に緑の手が発現する保証はないのだがな。


「理由はある。植物を育てるというのはそれなりに時間がかかるだろう? 依頼人からは緑の手の所有者を探してくれと言われただけで、そういえば実際にどれだけの拘束時間があるのか分からないなと気づいてな。もしかしたらこれからずっと畑仕事をしてくれと言われるかもしれないのに、すでに定職を持っている人間に頼めると思うか?」

『はぁ……まあそうデスね。それは気づいて偉いデス。で、その子は農家になれって言って素直になりそうな子なんデスか?』

「難しいだろうな」


 ミクリの質問には肩をすくめるしかない。正直、シシが畑仕事をしている姿なんて想像できないのだから。

 まあダメで元々だ。どうせ期限のある依頼ではないのだし、しばらくいろいろ試してみてもいいだろう。


『――ちなみにですが殿下。戦争は軍人の仕事ですが、戦災被害者のケアは政治の管轄です。これは国王様や第一王子様の責任だと思いますが』

「政治に介入する気はないし、自分のせいだとも思ってはいない。ただ仕事があって、それを任せるのにちょうどいい人材が見付かっただけのことだ」

『そうですか。ならいいです』


 南部戦線で我々の部隊は、軍人としてけっこうな実績を残している。それこそ勲章ものだったほどだ。

 戦争によって被害者は出た。だが、我々は最大限に戦った。重く太い杭が胸の奥に転がっているような感情を抱くことを否定はしないが、すべてを自分のせいだと背負い込むのはただの傲慢だと分かっている。


「シシが緑の手の習得が難しそうなら軍学校にでも放り込めばいい。あれはいい軍人になるぞ。なにせ私が一杯食わされたほどだ」

『ああ、そっちが本命なんですね』

『そういう跳ねっ返りが好きデスもんね、殿下』


 跳ねっ返りが好きなんじゃなくて、お前らよりはマシだからだ。


「とにかく、マルクはミクリと警護を交代しろ。そして花屋へ行ってこい。店の前の石畳を破壊したことへの謝罪と、工兵の手配。そして今後必要なものの買い出しを頼む」

『お、マジですか? アイ・サー! このマルク、その重大任務を必ずややり遂げて見せますよ!』


 任せたのは謝罪なんだがな。まあ、やる気があるならいい。






「あにやってたんふぁよ、むおうでこほこほほ」

「飲み込んでからしゃべれ」


 無線でのやりとりを終えてダイニングに戻ると、パンと干し肉を口いっぱいに含んだシシがさらに新しいパンを手に取るところだった。

 腹が減ってそうだったのでとりあえずそのまま食べられるものを出してやったのだが、リスかお前は。喉に詰まるぞ。


「むぐ……なにやってたんだよ、向こうでコソコソと」

「無線で仲間と話していた。お前の説明も必要だったからな」

「ふーん、便利な道具があるんだな」


 説明しながら食卓に着く。そして、大皿に山盛りにしたトマトが減っていないことにため息を吐いた。


「野菜も食べろ。船乗り病になるぞ」

「あんだよ、ふなほりひょうって」

「保存方法の乏しかった昔は、船の上で野菜を食べられなくて栄養が偏ったのだ。髪が抜け全身が壊れていき身体が動かなくなって、最終的には死に至る。かなり苦しい病だぞ」

「わ……わかったよ。喰えばいいんだろ!」


 勢い込んで一口囓るが、もの凄くマズそうな顔をするシシ。――なんだ? もしかして腐っていたか?

 私は大皿からトマトを一つとると、軽く観察してみる。色艶ともに問題ない。むしろ新鮮なように見える。囓ってみても味は良かった。

 べつに普通だが。


「……お前も食べるのかよ?」

「べつにいいだろう、量なら十分あるし、元は私が食べるために備蓄しておいた食糧だ。ほら、ちゃんと美味いぞ。たくさん食べろ」

「…………トマト嫌いなんだよ」


 ……ふむ。なるほど偏食。そういうこともあるのか。

 そういえば士官学校時代にトマト嫌いがいたな。我が隊にはいないが、別の隊でも残す者がいた気がする。たしか匂いが嫌いだとか、中のどろっとしたのが苦手だとか、味が嫌だとか言っていたか。実はけっこう苦手な者が多い食材なのかもしれない。

 栄養価の高い良い野菜なのだがな。


「今日のところは我慢しろ。明日から好きなものを食べさせてやる」


 せめて夜はちゃんとした料理を出してやるか。久しぶりに腕によりをかけるのもいいな。

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