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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンと輝石
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ちょうどいい

「ハハッ、あの間抜け面! いやあ笑った笑った!」


 タッタッタ、と壁を走って路地裏に降りる。最高に風が気持ちいい。胸がスカッとした気分だ。

 湿った地面を踏みしめて、ふぅー、と息を吐いた。かすかに生ゴミみたいな匂いが鼻についたが、慣れてるから気にならない。

 すでに二つほど屋根伝いに移動しているし、これ以上見通しのいいところにいると奴がまた登ってくるかもしれないから、この辺りでいい。気配消しのスキルはもう発動している。あとは距離をとってしまえば終わりだ。


「まったく。偉っそうに相手の手札候補を絞るなとか言っておきながら、こっちのスキルを決めつけてんだからなー。ホンット間抜けだろ。鏡を見て言えってーの」


 まあ、多少はヒヤヒヤしたけれど。けれどこの路地裏は自分の庭みたいなものだ。逃げ足で負ける気はない。

 とはいえウカウカはしてられないな。たぶん相手は軍人だし、網を張られるだろうからその前に換金しちゃわなきゃ――


「歯を見せるのは勝ちきってからだ」

「ぐぇっ」


 後ろから服の襟を掴まれた。グイッと持ち上げられる。息が詰まってカエルみたいな声を出してしまった。


「勝負は最後まで警戒を怠るな。有利と勝利の間には谷のように深い溝があるぞ」

「なっ……てめっ、どうやって――」

「それを予測するのもスキル戦の醍醐味だな」


 醍醐味なんか知るかよっ。チクショウどんなスキル持ってんだコイツ。いくらなんでも速すぎるだろ。

 つーか屋上ぶち抜いて落ちといてなんで無傷なんだよ化け物がっ。


「ちなみに君はスリ、気配消し、それに壁走り改め……なんだ? どこでもなんでも足の踏み場にできるスキルか? かなり良いスキルだが、自分ではなんと呼んでいる?」

「なんとも呼んでねーよ! なんなんだよお前は!」

「ほう、名付けもしていないのか。自由だな。……いや、そうか。その方がスキルに余計な壁や上限を作らずにおけるのか? だからあんな常識外の運用ができる? 一歩間違えば妙な方向に成長しかねないが、面白いな」


 むしろ感心したようにウンウン頷いて分析するバカ男。クソ、片手で軽々持ち上げやがって。スネ蹴っても腕つねってもビクともしねぇ。


「さて。とりあえず君の負けだ。さすがにここから逆転の目はないだろう? 輝石は返してもらおうか」

「…………チクショウ」


 力じゃ絶対勝てないのは分かっている。この状況で逃げるのはもう無理だ。負けを認めるしかない。

 大人しく従ったところで酷い目には遭わされるだろうが、ここで逆らうよりはマシか。


「ああもう、クソッ。ほらよっ」


 ピン、と緑の宝石を親指で弾く。何の小細工もなく、軽く上へ。

 それをしっかりと掴んで、男が明らかに安堵した息を吐いたのが分かった。そんなに大事なら、もっと気ぃ張って持っていろよ。


「これでいいだろ。離せよ」


 いいはずがない。盗んだものを返したってそれで終わりになるはずがないのは分かっている。

 お巡りに突き出されるか、一回ぶん殴られるくらいですめば御の字か。まさか殺されるまではないと思うが、このままリンチは嫌だな。せめて骨が折れない程度に加減くらいはしてくれないだろうか。


「ふむ……ずいぶんと軽いな?」


 片手で軽々と持っているくせに、たった今初めて気づいたかのように声を漏らした。

 それが見下されているようで、眼中にもなかったかのようで、癇にさわる。


「痩せてガリガリだってか? そーだよ、だから喰っても美味くなんかねーぞ。いいからそろそろ離せってんだ」

「喰うわけがないだろう。お前、名はなんという?」


 盗人の名前なんか聞いてどうするってんだ。


「……シシ」


 偽名でも使ってやろうかと思ったが、観念して本名を言う。

 別にいい。マズいことになったらそれから偽名を使えばいいんだ。それまではこの名を使えばいい。


「戦災孤児か?」


 舌打ちした。腹の奥の黒い砂で覆われた部分を、無遠慮に蹴り散らされた気がした。一気に頭に血が上る。


「だったら何だってんだよ! うっせぇな!」

「そうか」


 短い相づちにすらイラつく。クソが。クソがクソが。

 後ろから首根っこ掴まれてるから表情は見えないが、まさか哀れみの目でも向けられているのか? こんな奴に? こんないかにも良いとこのボンボンに? ふざけんなふざけんなふざけんな。


「――ならちょうどいいな」

「あん?」


 でもその声には、拍子抜けするほどに哀れみは含まれていなくて。

 まるで、乗り合い馬車の停留所に着いたら偶然出発の直前だったみたいな。

 あるいは、川辺を歩いていたら水切りに適した平ぺったい石を見つけたみたいな、雑な声音で。


「よし、シシ。君に仕事を与える代わりに、当面の生活を保障しよう。私と一緒に来ないか?」


 ……なに言ってるんだコイツ?

 言ってることがなんにも理解できない。仕事? 自分に? 宝石を盗んで散々バカにしながら逃げたのに?

 困惑する自分の目の前に、男が手を持ってくる。……あの緑の宝石を、見せびらかすように。



「悪いようにはしない。そして良い成果を見せてくれれば、この輝石を君に渡そうじゃないか。どうだ、やってみないか?」



 真性のバカなのか?


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この余裕 教導とか修正とか躾のスキルもち?
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