緑の手の候補
緑の手というスキルには伝説がある。
かつてこの国の大地は作物など育たない荒野だった。けれど南の国から聖女がやって来て、その緑の手によってこの地に緑をもたらした。
当時の国王は聖女を娶り、その血は代々の王族へと流れている。
つまり、緑の手は救世主のスキルなのだ。
まだ小さな新興国だったころの話である。
もちろん誇張はあるだろう。かつてのこの地がどれほど荒れていて、聖女の力がいったいどれほどの規模だったのかは正確には分からない。
それでも緑の手は王族にとって特別な意味を持つ。かつてそれを発現させた下位王子が、王位継承権の順番を無視して王に決まったほどには。
「さて、この緑の手をどうしたものか」
家に帰ってきて、ソファに深く座る。ボタンを一つ外して襟元を緩めた。ため息と共に、中指と薬指の間に挟み持ったエメラルドのような輝石を眺めて思案に暮れる。
緑の手のスキル輝石があると聞いて、勢いで譲り受けたはいい。実際に入り用ではあったものだ。だがどうしよう。本当にどうしたものか。
このスキル輝石というものはなかなか厄介だ。なにせ彼女のスキルのキモの部分である。
すでにセレスディア第一王女には知られてしまっているし、そもそも時間の問題のような気がするが、スキルを石に変換して他人に譲渡できるスキルなんてヤバい存在を余人に知られたくはない。なぜなら厄介ごとしか発生しないからだ。
正直なところ、せっかく手に入れたこのスキル輝石は握り込んでなかったことにするべきなのではないか、とすら思う。その方が平和に終わる。
とはいえこのスキルは普通に有用ではあるし、使い方も有用なのだよな。依頼者は個人的にも応援したい相手だから、なるべくなら協力したい。
「私は無理だと断言されてしまったしな……」
一番いいのは、私がこのスキル輝石を使用して緑の手の使い手になることだった。そうすれば輝石の存在は外に漏れない。
しかし先祖に緑の手の聖女がいようが、私にその適性はないだろう。スキルは遺伝することもあるそうだが、植物についてなんにも分からない私にこのスキルが使えるとは思えなかった。植物……つまり他者に直接作用するスキルなのだし、なにか変な別のスキルになったら少し恐いまである。
というか、宝の持ち腐れだろう。こんな有用なスキルを手に入れても、どう考えても使いこなせないし使わない。ここで畑でも耕せというのか。
「次案としては、信頼できる部下に使わせることだが」
信頼できる……部下か……。彼らの顔を思い返して、遠い目になってしまう。
いや、信頼していないわけではないが。信用してはいるのだが。それはそれとして向き不向きというものがあるだろう。どれだけ戦場で活躍した強者たちだろうと、奴らは全員サボテンすら枯らすに決まっている。実は植物を枯らす赤の手を持っています、なんて言われても納得のメンツである。
むぅ、と眉間にシワを刻んでしばらく考えて、無線を手に取る。
「マルク、ミクリ、お前たちは花は好きか?」
『はあ、花ですか? 贈り物の定番ですよね。アネッタさん口説くんなら、ピペルパン通りにいい花屋あるんで買ってきましょうか?』
『あ、マルクは花屋の看板娘にお熱なだけデスんで無視していいデスよ。……そうデスね。南のあの踏んだら鉄片撒き散らす対人地雷のことデスよね。あれ好きな奴いるんデス?』
よしダメだな。一応聞いてみたけどコイツらには無理だ。
「お前らの知り合いに、緑の手のスキル輝石を真っ当に発現させられる奴はいないか?」
『あー、そういうことデスか』
『またエグいもん持ってましたね、あの剥奪屋』
たしかに私も、まさかこんなスキルを持っているとは思わなかった。
覚醒と習得の両方の性質を持つとアネッタ殿は言っていたが、ただ植物に対して習熟するだけで持てるようなスキルではないのだ。非常に希少なスキルである。
あの若さだ。アネッタ殿はまだ店を始めてまだ短いはず。なのに、こんなスキルを輝石として持っていたのは不思議なほどだ。なにか裏があるのでは、とすら少し疑ってしまう。……まあ、どんな裏があるのかと聞かれると困るのだが。
まあ、それはいい。
「実は事情があって緑の手の使い手を探しているのだがな。それが剥奪屋に輝石としてあったのだ。だが私としては、あまりあのスキル輝石の存在を広めたくはない。お前たちだってあれのヤバさは分かるだろう? できれば内々に使い手を探したいのだ。心当たりはないか?」
『はあ、あたしたちは軍でも問題児扱いデスから、信用できる知り合いなんか少ないデスよ。というか近寄ってくる奴ら全員、殿下目当てのスパイ疑惑をどう晴らせばいいんだって感じだったじゃないデスか』
だろうな。そもそも我が部隊はアクが強すぎて、他部隊とは明確に距離があった。軍で掛け値無しに信用できる相手というのは心当たりがない。
『それなら俺に名案ありますよ』
無線越しにマルクの明るい声に、私はあまり期待せずに耳を向ける。
『アネッタさんはピペルパン通りで生まれ育ってるんですよね。じゃあ、この辺りの人たちならあのスキルもけっこう知られてるでしょ。スキル輝石を隠す必要はない。――ピペルパン通りで、緑の手の使い手になれる人を探しましょう』