緑の手の輝石
「緑の手、というスキルを知っているか?」
「あ、はい。ありますよ」
スキル剥奪屋のアネッタ殿にスキルについての相談をするのは、このピペルパン通りでの生活を始めてからすでに何回か繰り返している。
職業柄、彼女はスキルに対する造詣が深い。もちろんイーロ博士やセレスディア姉上の方が知識量は多いのだろうが、忙しい二人と違って彼女は自分の店にいることが多いため、相談相手としてつい頼ってしまう。
とはいえ、この返答は初めてだった。
「ちょっと待ってくださいね」
アネッタ殿はまるでお茶菓子でも取りに行くかのように立ち上がって、部屋の隅にある棚の引き出しを開け、そこからなにかを取り出して戻って来る。
待て。そんな鍵もしていないところに保管していいものではないぞそれ。
「こちら、緑の手のスキルになります」
「お、おう……」
普通にテーブルの上に置かれたそれは、指輪でも入っていそうな小さな箱だった。上蓋に緑の手と丁寧な字で書いてある。
飲みかけだったコーヒーを置き、箱の蓋を開ける。中には美しい、エメラルドのような輝石が保管されていた。
「植物を育てるスキルですよね。枯れかけた木を元気にしたり、綺麗な花を咲かせたり。園芸にとても役立つスキルだそうです」
「……なぜそれがここに?」
「剥奪を依頼されて、要らないので引き取ってほしいといわれました。依頼者はいろんな家の庭木を手入れして生計を立てている庭師の方でしたが、しっかり綺麗に切り揃えてもスキルによって木が成長を促されて、次の日には枝葉が飛び出てしまうようになってしまったと。お客さんから怒られてしまうので、このままだと廃業するしかないと困っていたようでした」
なるほど庭師か。植物に関する仕事ではあるが、育てるのではなく整える仕事である以上、緑の手は相性が悪いかもしれない。
いや、いくら枝葉を揃えても元が立派な木でなければ、スカスカのみすぼらしい見た目にしかならないのだから、庭師であっても緑の手に意味はあっただろう。その庭師が長年かけて世話した庭はどれも美しいに違いない。
しかしそれを超えて余りあるデメリットがあったというだけ。
「それで、剥奪した際に必要ないから置いていったというわけか」
「そうですね。持っていると仕事にならないとのことでしたのでお預かりしました。わたしとしてはいいスキルだと思うのですが」
「庭師ではなく農家ならば重宝しただろうにな」
彼女の剥奪はスキルを輝石にし、その輝石は持って念じればスキルに戻る。それは元の持ち主でも他人でも使用できるため、普通の人間ならば持ち帰る。
ただなぜか、剥奪屋が預かることもけっこう多いのだとか。
これはおそらくだが……自分のスキルを再利用してほしい、という願いがあるのではないかと思う。たとえハズレスキルであっても自身の一部であったものだ。自分が使えなくてもここに置いておけば、誰かが使うかもしれないと未練のように考える者がいるのではないか。
「この輝石、いくらで売ってもらえる?」
テーブルの上の小箱をしばらく眺め、私は交渉に入る。
まあ翌日に枝葉が飛び出る程度の成長速度であれば、そこまでランクは高くないだろう。話を聞いた分では低ランク。オンオフができないのであれば最低ランクに位置するかもしれないスキルだ。
とはいえかなり希少なスキルでもあるから、高値をつけられてもそれはそれで構わない。そもそもスキル輝石なんてもの、それ自体が希少すぎるものなのだ。多少ふっかけられても言い値で買ってしまって構わないだろう。
「これは売り物ではありません。無料で譲渡されたものですし、ロアさんがこれを使用しても、同一のスキル効果になるかは分かりませんし」
……まいったな、ふっかけられるよりも交渉しづらいんだが。
「それを理解したうえで欲しいと言っているのだがな」
「おすすめはしません」
たしか魅了のスキルを剥奪して他人に渡したら、それが匂い由来のスキルで蛾を誘う体質になってしまった事例があるのだったか。
このスキル輝石を身に宿しても緑の手になるかどうかは分からない。彼女の生真面目な性格的に、そんな不確実なものを商品にするわけにはいかないのだろう。
「緑の手は習得スキルというより覚醒スキルに近い、あるいは両方の性質を持つとわたしは考えています。発現にはおそらく性格や習慣、知識などが関係するので、園芸好きでない方がこのスキル輝石を使用したとして、正しく緑の手になる可能性は限りなく低いでしょう。……ロアさんにはたぶん無理です」
「……ハッキリ断言するな。まあそんな気はするが」
どうやらアネッタ殿は性質的に、元のスキル効果がそのまま出にくいスキルであると予感しているらしい。
私は以前、彼女に無趣味であることを打ち明けている。土いじりが似合うとも思わないし、植物に対する知識は人並みだ。心配してくれているのだろう。
「実は知り合いから、医学発展のため薬草栽培に役立つスキル持ちを探してほしい、という話を受けたのだ。国のためでもあるし、スキル輝石は私ではなく植物に詳しい者に使わせようと考えている。どうだろう、譲ってもらえないか?」
結局、私は真摯に事情を話すことにした。たぶん、この女性にはそれが一番効果がある。
「はあ……まあ、そういうことでしたら。ですが……」
「ああ、スキルのせいで異常が起きたら、すぐにここへ連れてきて剥奪してもらうとしよう」
そうして、私は緑の手のスキル輝石を手に入れたのだった。