天啓の弱点
考察。セレスディア様がどうやって王宮を抜け出したかについて。
と言っても、そこまで難しいことではない。あんな世界の裏側に入れるようなスキルを使えるのだから簡単だ。
ただあのスキルは密室状態でなければ使用できない縛りがあったはず。そして、スキル発動中はこの世界の物に干渉できない。
あのスキルを、セレスディア様は利便性が損なわれていると言っていた。こちらの世界に干渉できない。扉の開閉もできない、と。
なぜ扉の開閉が必要なのか。それは、世界の裏側にいたとしても壁抜けなんてできないからではないか。
つまりあのスキルは密閉空間でしか発動しないが、密閉空間で発動したら扉を開けられないので外に出られないのである。なんてダメなスキルだろう。それは使い難いのも納得である。
けれど彼女は姿を消したままこの剥奪屋にやって来た。どうやってだろうか。
わたしの予想はこうだ。
まず、人を呼んでおく。そして解錠で鍵を開けておき、扉は閉めておく。そしてその人が来る時間に裏世界へ逃げる。
すると部屋に入った人はセレスディア様がいないことに驚くので、その隙を狙って姿を消したまま、セレスディア様は開け放たれた扉から外に出る。
これで脱出成功だ。とても簡単。
「うーん……」
気になることがあった。
わたしは自分の家のキッチンでコーヒーの準備をしながら、考えをまとめていく。
イーロおじさんのところで飲んだコーヒーが美味しかったので豆を買ってきたのだけれど、残念ながらミルクを買い忘れてしまった。
セレスディア様は脱走常習犯。ただしあのスキルを使用したのは今回初めてのはず。そう、ミクリさんが言っていた気がする。
あの日は初見だから警護が対応できず逃げられたのであって、警備はすごく厳重のはずだ。きっと何度も脱走失敗してるだろう。
でも……疑問がある。あのセレスディア様がそう簡単に捕まるのか?
「あり得ない」
たとえ他のスキルがなくとも、天啓一つだけで王宮警護官相手の裏を掻いて回るくらいはするだろう。
おそらく脱走失敗のほとんどすべてが、ほとんど紙一重の攻防で捕まってしまったのだと思う。
「だから、そう……」
あの日の前日に、ロアさんが箱の中の犯罪者から解錠スキルを剥奪してくれとやって来た。
あの箱の中身は、本当はセレスディア様だったのではないか、と思うのだ。
その人は脱走常習犯という話だった。セレスディア様もそうだ。
わたしが男の人だと言ったときにロアさんが疑惑の声を上げていたから、たぶん本来の中身は女の人のはず。セレスディア様は女性だ。
あとなんだか妙に耳に残っているのだけれど、入れ替わりが発覚したときにマルクさんが、さすがだな、って賞賛の声をあげていた。犯罪者相手だったら、もっと悔しそうな言葉が出るのではないかと思う。
解錠スキルさえなくなれば、もちろん気をつけることは多いだろうけれど、脱走の対策がかなり容易になるだろう。
だからやっぱり、あの箱の中はセレスディア様だったのではないか。あんな大仰な箱に入れて来たのも、厳重に封印を施したいというのが本命ではあっただろうけれど、わたしに顔を見せないようにという配慮があったのでは?
その方がしっくりくる気がする。
「まあ、考えすぎだと思うけれど」
コーヒーができあがって、カップに注ぐ。
まさか一国の王女様を拘束して箱に詰めて強制的に脱走用のスキルを剥奪するとか、そんな不敬をする軍人がいるわけがない。そんなクーデターみたいなことをロアさんがするというのもありえない。
もし、もしそんなことがあり得るとすれば、可能性なんてたった一つだろう。しかしそれはあまりにも低い可能性だ。ゼロに近い。
だって、王様の勅令だなんて。
わたしの剥奪屋が王の耳にまで届いているだなんて、そんな。
「それは妾の分もあるのか、アネッタ?」
窓から聞こえたハスキーボイスに心臓が止まりかけた。
「せ……セレスディア様?」
「よっ、と。窓から失礼、玄関はロアに見付かるのでな」
振り向いてギョッとした。開け放たれた窓に足を掛けた町娘の格好をしたセレスディア様が、外から軽やかに入ってきたからだ。スカートなのでちょっと下着が見えそうになってしまった。
「ど、どうしてここに?」
「どうしてもなにも、またな、と言っただろう? 妾は王族として、できる限り約束を守るよう生きているからな。あれは誓いに近い。また会おうと言ったならば、必ず会いに来るとも」
イーロおじさんの家で、セレスディア様が帰り際に言った挨拶を思い出す。たしかに、またな、と言っていた。
……定型文の挨拶だと思ってたのに!
「それに、妾はイーロ博士にリベンジを果たさねばならぬ。天恵スキル持ちへの印象をあれで終わらせてなるものか。帰って速攻で反論の論文をまとめたとも。今日はコレを持ってあの天才へ殴り込みに行くぞ、アネッタ」
なんで一人で行かないんですか? って思うけれど、そういえばあの日の帰り道、ミクリさんが妙にイーロおじさんを恐がってたな。
リベンジって言ってるし、もしかして叱られたのだろうか。あのときはセレスディア様の状態がアレだったから忘れがちだけど、王宮を抜け出して天啓を剥奪して大好きな博士のところに来ました、だからちゃんと悪いことはやってたしな……。イーロおじさん立派。
「なるほど、この窓からならば人目を避けて侵入も可能か」
もう一つ声がした。音域は違うけれど、少しだけセレスディア様に似ているな、と思った。
「ここは奥まって見えにくい場所にあるし、空き家である隣家に不法侵入し裏口を経由して侵入すればちょうど死角になって気づかれない。さすがは天啓だなセレスディア王女。ですがここまでです」
「なっ、ロアっ? どうして分かった!」
「いくら天啓があっても、使い手は人間だからな。単純に、あなたの次の行動を読めばいい。――前回ずいぶん恥を晒したので、汚名返上のため我らの警戒網を掻い潜り有能さを見せつけつつアネッタ殿を誘拐、そのままイーロ博士の家へと向かってスキル学談義の勝負を挑む。あなたは自身の能力を過信しているし、性格、行動傾向が単純かつ直情的であることに気づいていないので回りくどい面倒な方法はとらない、と。すべて作戦参謀の計算通りだ」
「あの鉄面皮は一度不敬罪で牢に入れるべきではないか?」
「今度共謀して陥れましょう」
玄関から入って来てほしいのだけど、ロアさんも窓から侵入してくる。
つまりセレスディア様の行動はお見通しだったと。それにしても能力を過信していて単純で直情的とは、言い様が酷い。本当に不敬だ。
ただ――ちょっと分かる。たぶんそれが天啓の弱点。
天啓では、天啓を剥奪するとどうなるか分からなかった。たぶんあのスキル、自分のことだけは盲点なのだ。
「さて、アネッタ殿。王国軍部として依頼がある」
コツコツコツと靴を鳴らしてセレスディア様の隣に立ったロアさんは、改まってわたしへと向き直った。
そうして、五指を揃えて王女を示す。
「彼女の解錠と、それから王宮脱走に関係しそうなスキルをいくつか、剥奪してもらいたい」
ラスト直前に休載すみません。正月からインフルエンザでした! KAMEです。
と言うわけで二章でした。スキルっていいですよね。でも強すぎるスキルって実際どうなん? みたいな穿った疑問、斜に構えた視点が昔からありました。セレスディアはその犠牲者になります。
セレスディアとイーロは自分でも好きなキャラなので、またどこかで出したいですね。それではまた、三章でお会いしましょう。