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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンとスキル学
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コーヒーの味

 ゆっくりとコーヒーを飲む。この町に来てから自分でも淹れてみたことはあったが、こちらの方が不思議と美味しく感じた。

 なにが違うのだろうか。豆は良いものを使っているはずだが。

 コーヒーの味について考えながら、向かいに座る女性に話しかける。


「アネッタ殿に聞きたいことがあるのだが」

「はい」

「王族がいきなりやってきて、迷惑ではなかっただろうか?」


 私の問いに、彼女は少しだけ考える間を要した。


「そうですね……いきなり大人物の訪問には驚きましたし、国家の至宝というべき天啓を剥奪しろと言われたときは怖じ気づきましたし、今もお店を閉めてここに来ていますので、迷惑をかけられていると言えばそのとおりではありますね」

「……それは、大変すまない」

「ですが、迷惑に感じているか、といえばそうではありません。そもそも王族の方のために働けたのですから、わたしなどには一生の自慢になるでしょうし……いえ、いいえ、そういうことではないですね。わたしの理由はもっと単純です」


 話しながら、彼女は考える。

 より正確に、より真摯に、自身の心に向き合う。

 雑談のような問いだったのに、もっと適当に答えてもいいのに、彼女は疎かにしない。そういう生真面目な人なのだろう。


「わたしはセレスディア様が助けを求めていると感じました。そして、彼女の味方になりたいと思って天啓を剥奪しました。最初は振り回されてましたが……たぶんわたしは王族ではなく、セレスディア様という個人の力になりたいと考えて、ここにいるのだと思います」


 そう言ってから、アネッタという女性は視線を逸らす。


「いえ……その、わたしなどが、おこがましいかもしれませんが」


 スキル剥奪などという規格外を所持しておきながら、そうした台詞が出るのは彼女らしいなと、そう感じた。

 そうして、コーヒーが美味しく感じる理由にも思い至った。


「王族ではなく、個人として、か」


 呟いて、コーヒーを飲む。最後の一口はすっかり冷めていたが、飲み干すのが惜しいとすら感じた。

 だが、ゆっくりした時間はそろそろ終わらせなければならない。


「ありがとう。美味しかったよ。ちょうど王女もいらっしゃったようだ」


 私はカップをソーサーに置き、立ち上がった。背筋を伸ばす。

 ドアが開く。


「お待ちしていました、セレスディア王女殿下。もうよろしかったでしょうか?」

「もうよろしいか、は妾の台詞だな。もう少しゆっくりとしてやれば良かった」

「ハハハ、ずいぶんと休ませていただきましたよ」


 奥の扉から出てきたのはセレスディア王女とミクリ、そして家主のイーロ氏で、それぞれ憮然とした表情、気まずそうな表情、にこやかな表情と三者三様だ。たしか服を着替えたという報告を受けたが、またいつもの男装になっている。奥で着替えてきたか。

 とりあえず、ミクリには後でしっかり話を聞こう。この女がどんな手を使って王宮を逃げ出したかは当然聞き出しているのだろうな。


「天啓をお戻しになったのですね、セレスディア様」


 アネッタ殿が立ち上がり、ホッとした声で胸に手を当てる。

 私は残念ながら見られなかったが、どうやら戻ったことが一目で分かるほどに、天啓のないセレスディア王女の様子は酷かったらしい。


「無様を晒したな。もう大丈夫だとも。世話をかけたな、アネッタ」


 本当に残念だ。この人がここまで殊勝になるなんてなかなかない。やはり一目見られなかったのが悔やまれるな。

 まあ、そんなものよりはコーヒーの方が良いか。


「アネッタ殿。イーロ博士。ご迷惑をおかけしました。ミクリ殿はご苦労。王女の護衛を引き継ぐので、君はアネッタ殿を家までお送りしてくれ」

「了解デス。王女の護衛をお任せします」


 しっかりと敬礼するミクリ。……なんだろうな、いつもならば適当な敬礼しかしないんだが、なんで彼女も少し違う感じなのか。ついでみたいになにかあったのか?

 まあいい。


「では王女、王宮へ向かいましょう」

「うむ。……いや、少し待て」


 王女は一度外に出ようとして、それからまた戻る。


「イーロ博士。今回は学ばせていただきました。次の機会には、今回の学びを経ての談義をさせていただきたい」

「もちろん、楽しみにしているよ」


 王宮に呼ぶ気だろうか。まあ好きにしてくれればいい。

 イーロ博士の身辺調査は終わっている。国中、そして他国まで足を伸ばす御仁なので一概には言えないが、少なくとも悪人ではないことは分かっている。彼との会談で姉のストレスが減るのなら儲けものだ。


「それと、アネッタ」

「はい」

「もう天啓の剥奪を頼むことはないだろう。だが、良い経験になった。あなたの剥奪は素晴らしいスキルだな」

「はい……はい。ありがとうございます」

「では、またな。――行こう、ロア」


 どうやら二人に挨拶をしたかったらしい。やはり、昨日までとは違うな。よほど良くしてもらったか、スキル剥奪から新しい発見があったのか。

 思わず笑ってしまいそうになって、表情筋を引き締める。最後に敬礼して玄関を出て、二人でマルクが待つ車へと向かった。

 昨日からいろいろと振り回されたが、……きっと姉にとって、今日という日の価値は十分にあっただろう。ならば、まあいい。

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