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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンとスキル学
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お迎え

 わたしはなにもできない人間だ。

 スキルの数は人より少ないと思う。特別に強い習得スキルも持っていない。それどころか、人と普通に接することさえ難しい。

 人並み以下だ。本当に、剥奪スキル以外にできることはない。


 ――能力とは、持っているだけで役割と責任がのしかかる。あなたにも分かるだろう? 剥奪屋。


 そう言われたとき、分かるかもしれない、とは思った。わたしは剥奪スキルを持っているから剥奪屋をやっているのだから。

 けれどそれを願う人がいる。わたしが剥奪スキルを使うことで助かる人がいる。それが救いだと思う部分も、またあるのかもしれない。剥奪スキルがあるからなんとか人間をやれているのではないか、とまで思うくらい。

 ……だって、わたしは自分が弱いことを知っているから。


 だからセレスディア様のあの言葉は、分かりはしたけれど、共感はしきれなかった。




「セレスディア様」


 いつの間にか、わたしは口を開いていた。


 天恵スキルが他のスキルと違うところは、そのほとんどが強く希少で有用なものである、ということだけではないのだろう。

 産まれ持っている、それ自体がきっと特別なのだ。


 普通を知らない。そのスキルを持っていない状態を知らない。それがない自分自身を知らない。

 ミクリさんだって、テレパシーを剥奪したときはいきなり泣き出したほど。あるのが当たり前すぎて、それがどれほど自分に影響を与えているのかが理解できていない。

 だから天啓も、天啓のことだけは見抜けなかった。


「それは違うと思います」


 たぶん劣等感。

 セレスディア様は王族であることと天啓を持つことによって、周囲の人間どころか国民全部が、自分自身をその属性でしか見ていないと感じることがあったのだろう。それが積み重なった結果、彼女はこう思ったのではないか。

 セレスディア・エルドブリンクスという個人は、地位とスキルに負けてしまっている、と。自分自身に対して劣等感を抱いた。


 だから剥奪してはみたが……最初から強かった人が、その力の源を失ったらどうなるのか。

 ただ弱くなるのではないのだ。だってそれは、普通に戻るわけではないのだから。戻る普通がないのだから。

 だから、どこまでも崩れ落ちるのだろう。


 でもそれって、逆もそうなのでは、とわたしは思うのだ。


「セレスディア様とお会いしてから今まで、天啓について、いろいろなことが分かりました。だから断言します。たとえそのスキルを他の人が手に入れようと、きっと使いこなすことはできません。そのスキルはきっと、セレスディア様以外には乗りこなせません」


 弱い者が急に強い力を持っても、有効に使えるかどうかは分からない。むしろ振り回されて自身や周りに甚大な被害を出しかねないのではないか。

 天恵スキルは強力で、希少で、有用。だからこそ生まれながらの習熟を必要とするのではないかと、わたしは思うのだ。


「そうだねぇ。知恵が降りてくるのはともかく、五感に補正をかけられるのはかなりの慣れが必要だろうしね。ましてや天啓を前提とする超高度スキルを習得するなんて、たとえそのスキル輝石を他の人に渡したとしてもできないよ。――というか他人に渡したりしたら、もしかしたらすごい情報量に脳が焼き切れて廃人になっちゃうかもだ」


 カラカラと笑うイーロおじさん。その横ではミクリさんが青い顔をしている。

 そういえばミクリさん、天啓を渡されようとしてた……。あんな気軽なノリで自分の人生が終わっていたらと思ったら気が気ではないだろう。

 というかそんな危険物なんだ、あれ……。


「だから、セレスディア様が天啓の付属物だなんて、そんなことはないんです。天啓を失ったセレスディア様がなにもないのではありません。セレスディア様こそが天啓を使用できる、この世で唯一の人なのです」


 セレスディア様の綺麗な瞳が揺れる。


「だが、だが……妾は……!」


 コンコン、とノックがあった。

 全員がそちらを見た。


「失礼、軍の者です。こちらに我が国の重要人物がお邪魔していると連絡がありまして来ました。イーロ博士はご在宅でしょうか?」


 知っている声。よく通る、落ち着いた理知的な声音。昨日も聞いた声だ。

 ロアさんで間違いない。


「ううっ……」


 セレスディア様が呻くような声をあげる。たぶんミクリさんが呼んだ増援なのだろう。王宮を抜け出してお忍びでピペルパン通りにまで来た王女様を連れ戻すためにやって来たのだ。

 最初は、早く来て欲しいと思っていた。それこそ剥奪する前から来てほしいとおもっていたほど。

 でも今は、できればもう少し遅く来てほしかった。まだセレスディア様は天啓を戻していない。こんな状態のまま引き渡すことはしたくない。


「……イーロおじさん、セレスディア様を奥に連れて行っていただけますか?」


 少しだけ躊躇して、わたしはそう提案する。

 王族だろうと、天啓のセレスディアだろうと、彼女はわたしのお客さんだ。だからわたしは剥奪するとき、彼女の味方であろうと決めた。

 だから、少しだけは頑張る。


「いいけれど、どうするんだい?」

「セレスディア様はまだ落ち着かないご様子ですから、少しだけですが、時間を稼ごうと思います」

「ん、分かったよ」


 あっさりと頷いて、残りのコーヒーを飲み干すイーロおじさん。話が早いのはいいけれど、落ち着いているな。


「それではセレスディア様、ワシの書斎へご案内しましょう」


 イーロおじさんが促すと、セレスディア様は椅子から立ち上がるまでに少し時間を要した。

 立ってもおどおどと怯えるような足取りで、俯いたままミクリさんに支えられるように歩いていく。


「セレスディア様」


 その背に、わたしは声をかけた。


「セレスディア様は最初にお会いした時は空間を裂いて出てきたり、突拍子もなくわたしを外へ連れ出したり、いきなり踊り出したりとずいぶん破天荒でしたが……けっして傍若無人なわけではありません。だって、わたしが最初に剥奪を拒否したとき、力で言うことを聞かせるのではなく、こんなわたしを相手に説得をしてくれたでしょう。――あれ、とても嬉しかったですよ」


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