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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンとスキル学
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変貌

 ノックをするのは苦手だ。単に、扉をコンコンと叩くだけ。それだけのことに苦手もなにもないのだけれど、これから人と会うのだというアクションはそれだけで心が折れそうになる。

 とはいえ今は躊躇っている場合ではない。なにせ後ろから見られている。なんでノックするのに深呼吸して精神統一して意を決した表情をしないといけないのか、なんて聞かれたら答えられない。なるべく普通に、心の準備は少しだけ息を吸うだけで終わらせ、コン、コン、とノックする。

 まあ、躊躇っている暇ではないのは、実は他にも理由があるのだけれど。


 しばらく待って返事が来なくて、いつもならここで帰るか迷うのだけれどそういうわけにもいかなくて、もう仕方がないかとドアノブを回す。

 ガチャリと音がした。うん、いつものことだけど不用心。


「すみませーん、イーロおじさんいますか?」

「はーい、今行くよー」


 玄関の扉を開けて声を張ると、やっと気づいたのか奥から声が返ってくる。呑気で安心する、いつものイーロおじさんの声だった。


 いろんなお店が並ぶピペルパン通りだけれど、一本路地を外れると民家ばかりになる。

 その中の一件、小さいけれどカラフルなレンガで作られたお家にわたしたちは来ていた。

 さっきのセレスディア様の話だと、昔の戦争が終わってから落ち着いた時代の建造物、なのだろう。それを知って改めて見ると、昔から見ているこの家もまた違ったものに感じてくる。


「はいはい……ってアネッタじゃないか。珍しいね」

「こんにちはイーロおじさん。急にお邪魔してすみません」


 頭を下げる。おじさん呼びか博士呼びか、それともイーロさんとするかは迷ったけれど、今はイーロおじさんがいいと思う。

 そう、わたしは今、剥奪屋さんではない。ピペルパン通りの町娘アネッタだからだ。なぜなら結局、わたしがここに案内してしまったので。

 これはお客さんの個人情報を漏洩したのではなく、ピペルパン通りで生まれ育ったわたしが、イーロおじさんを訪ねて来た人を案内しているだけである。そういうことにした。詭弁だけども。


 でも、詭弁でもなんでも、今はこの状況を脱したい。


「いいよいいよ。今日はお休みだったからね。昨日知り合った人と夜遅くまで飲んでたから、今まで寝てたくらいさ」


 今日は休息日だから大学はお休みなのは分かってたけれど、睡眠中だったのを起こしてしまったのか。それはちょっと申し訳ない。


「その……イーロおじさんに助けていただきたいんですけど」

「おや、なんだい? お金の無心なら断るけれど?」

「お金に関してはおかげさまでなんとかなってます! そうじゃなくて、お知恵を貸してほしいんです」


 わたしはまだ眠そうなイーロおじさんの腕を引いて、玄関から外に出る。

 そこにはオロオロとしているミクリさんと、変わり果てたセレスディア様がいた。


 黒いスーツではなくワンピース姿でも、セレスディア様はすぐにセレスディア様だと分かっていた。美しさ、気品、身に纏うオーラのようなものが溢れる彼女は、着るものごときで周囲に紛れはしない。せいぜい、一目では分からなくなったかな、くらいのものだった。

 けれど今の彼女は、たとえスーツ姿であってもセレスディア様だとは思われないだろう。


「なぜ……なぜだ……分からぬ。なぜ一つも発動すら……」


 青ざめた顔色。据わった目。丸まった背中。足を痛めているとはいえ、スカートが汚れるのも気づかず地面についた膝。親指の爪を噛みながら何事かをブツブツと呟く彼女は、もはや自信に満ち溢れた王女様には見えなかった。

 自分でインドアの根暗だとかなんとか言っていたけれど、この姿なら頷けてしまう。それくらいの変貌ぶりだった。人は雰囲気だけでこれほど変わるんだなって初めて知った。


「おやおや……どうしたんだい? もしかしてアネッタ君、不用意に精神系のスキルをとっちゃったとか? ダメだよスキルで心を強化してトラウマを克服してる人だっているんだから」

「ちゃんと剥奪するときにお話は聞いていますし、間違ったスキルを剥奪しないよう細心の注意はしています。でも、彼女はそういうのではありません」


 少し迷って、けれど伝えなければ話が進まないのは分かっていて、だから明かす。


「イーロおじさん。この御方は、セレスディア・エルドブリンクス様です」


 おじさんの表情が曇る。眉にシワが寄る。口元がなんとも言えない、困ったカエルさんの口みたいな形になる。


「イ……イーロ博士……?」


 やっとこちらに気づいたのか、心ここにあらずといった様子だったセレスディア様がわたしたちを見る。意外そうな、どうして? とでも言いたそうな顔だ。ここまで肩を貸して連れて来たのだけれど、それすら分かっていなかったのかもしれない。

 彼女は天才と尊敬している博士に見られたくないのか、両の手のひらで顔を隠す。


「やめてくれ、こんな妾を見ないでくれ……わ、妾は……無能なのだ……」


 本当に、どうしてこうなってしまったのか。


「アネッタ君」

「はい」

「天啓を剥奪したんだね?」


 あっさり言い当てられて、やっぱりイーロおじさんは博士なんだなって。

 このとき、わたしはそれを初めて実感したのだった。


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