スキルコピーのスキル
「こんにちはデス、リレリアンさん。配達ですか?」
「そうそう、足の悪い婆ちゃんトコに腸詰めをねー。今日お孫さんが来るんだってさ」
道で会ったリレリアンは肩から肉屋印の荷物を提げていた。彼女のお店はもう少し先だけど、配達も彼女の担当だというのを忘れていた。
会ったら絶対に話し込むから一本奥の道に入ろうと思ってたのに。
「……ミクリさんはリレリアンと知り合いなのですか?」
「お肉はおいしいデスからね。加工肉なら保存も利きますし」
「ミクリさんはジャーキーが好きなんだよ。大量に買ってくれるからちょっと取り扱い増やしたくらい」
そうか、干し肉なら保存が利くんだ。保存食を大量に備蓄して買い物回数を減らす作戦の食材候補に入れておこう。
「それよりアネッタ。そのお姉さんは大丈夫なの?」
リレリアンは本当に心配そうに、わたしに支えられているセレスディア様の足を見る。彼女は困っている人は放っておけない性格だ。
「ちょっと捻っただけだからね、大丈夫だとも。ところで君は回復系のスキルを持っていないかい?」
それは大丈夫じゃない人の回答なのでは?
「ゴメンね、持ってるのは自己治癒能力の強化だけ。というかそんなレアなスキル持ってたら肉屋やってないって。とにかく、包帯とか必要だったらひとっ走り店まで……」
「おお、いいな。それはパッシブ型か? どれほどの効果がある?」
被せるように質問されたリレリアンが鼻白む。わたしも疑問だ。
「ん? そうだね、気づいたら治ってるし常時発動型だと思うよ。酷い怪我が一瞬で治るわけじゃないけれど、ちょっとした腫れとか痛みとかならすぐかな」
自己治癒能力は誰にでも備わっているものだから、それを強化するスキルはそんなに珍しくない。ただ狙って習得するのは難しいものでもある。
手術とかなら知識や技術だ。でも自然治癒に任せる段階でできることなんて、安静にするとか栄養状態を良くすることくらい。習得しようにも訓練方法はあまりなくって、せいぜい自傷して発現する可能性を増やすとか? でも普通はやらない。わたしはやりたくない。
あとは体質や遺伝なども関係していそうなスキルではある。リレリアンのお父さんもそのスキルを持っていたはずだから、自己治癒力強化が発現しやすい血筋とかはあるのかも。
「良いな。では近く寄ってくれ」
うん? と首を傾げながらも、素直に近寄るリレリアン。そして、あれ? と表情を変える。
もしかして気づいただろうか? 彼女はあまり深く考えない性質だけど、けっこう勘がいいからありえる気がした。
「なに、スキルコピーのスキルを持っていてな。といっても同性の相手で、かつパッシブ型か単純なスキルしか模倣できないし制限時間もあるなど、いろいろ条件が厳しい。だが今回は有用だ。あなたさえ良ければコピーさせてもらっていいかな?」
スキルコピー。これまたレアなスキルだ。本当にこの人は珍しいものばかり持っている。
ただ本当に条件が厳しそうだ。どうやったらそんなに条件のあるスキルが発現するのか、むしろ気になってしまうほど。……可能性があるとしたら魔術系だろうか。天啓によってまったく新しい術を組んで、条件を付けることで本来必要なコストを削減しているとか。
「それは……もちろんです。アタシでお役に立てるのであれば」
「では握手を。そして名前を教えてほしい。フルネームで頼む」
「リレリアン・ホルガーです」
たぶん名前を聞くのも条件の一つなのだろう。そういえばセレスディア様の精神世界で見たスキル群はどれも妙に条件が複雑だった。
相手が女性。常時発動型か単純な任意発動型。制限時間付き。接触。名前を知ること。あとは相手の了承も必要とか? とてもじゃないけれど便利な能力とは言い難い。
わたしの剥奪スキルは……たぶん無理だろう。パッシブか単純なものだけ、というところから、たぶん習熟が必要なスキルまでは使いこなせないのだと思う。
というか、わたしとミクリさんはそもそも聞かれもしなかったのだけれど。もしかしてそんなスキルは所持していないことをすでに見抜かれているのだろうか。
……もしそうならたぶん、それも天啓の効果なんだろうな。
「うむ。ではありがたくコピーさせてもらおう。動かないでくれ。いくぞ――相似、同調、陽月。水鏡が揺らぐまで、我が名はリレリアン・ホルガーなり」
気軽に嘘をつきますね……。
やっぱり、たぶん魔術系。自分か、世界か、それとも他者との境界か、とにかくなにかを騙して現実改変するスキル。少し前に似たようなものを見たばかりだ。
なんだか失敗したら大事になりそうだから、そんなの気軽に使わないでほしいのだけど――
「……おや?」
セレスディア様が訝しそうな顔をする。あれ? と、わたしとミクリさんとリレリアンが首を傾げる。
見た目は特になにも変わっていない。そして今もセレスディア様はわたしが肩を貸していて、その重さを預けてくれている。
いったいどうしたのか?
「なぜだ。なぜスキルが……発動しない?」
セレスディア様のその声は、聞いた者が驚くほどに動揺していた。