毒精製スキル・溶解液
思わず素でツッコんでしまった。まさかわたしの営業用の仮面を剥がされるとは。
「キノコの毒って不思議でね。辛味や苦みなどの刺激で食べさせないのではなく、すぐに体調不良を起こさせて食べるのを警戒させるのではなく、食べてしばらくしたら体調を崩すようなものがあるんだ。生き物を殺して養分にするためじゃないか、とも言われてるんだけど、本当にそうかは分かっていない。面白いよね」
イキイキとした表情で語るイーロおじさん。知っていたけれど、この人はどうやら本当に学者さんらしい。
「で、食べられて殺すのが目的、と言われるくらいには、毒キノコって美味しいものがあるんだよね。毒自体の味なのか、他にはない旨味があるんだよ」
「つまり日常的に毒キノコを食べていたら、毒耐性のスキルが進化して毒を手から出すスキルになってしまったと?」
「たぶんそんな感じじゃないかなと思うんだよね。昨日の夕食も毒キノコだったし」
そんなことある?
「キノコの毒で木製の扉を溶かすのは難しいだろう。毒素を溜め込んで放つタイプではないな。毒耐性スキルの単純進化で、体内でまったく新しい毒を造り出す能力……毒精製スキル・溶解液というところか」
部屋の壁にもたれかかって聞いていたフードの男が興味深げに分析する。順番待ち用に椅子があるんだから座ればいいのに。
とにかく、イーロおじさんが最初に言い淀んだ理由が分かった。日常的に毒キノコを食べてるなんて変人扱いされるかもしれないと思ったのだろう。とっくにしてるから安心してほしい。
「単純進化かどうかは分からないかな。ワシ自身も把握していない他のスキルとの複合進化の可能性もあるからね」
「そのスキルなら、訓練すれば自分でコントロールできる可能性が高いと思うが」
「嫌だよ訓練が終わるまで両手が使えないじゃないか。それに気を抜けば寝てる間も発動するかもしれないんだよ?」
「コントロールできるまでは封印の装飾具を使えば……」
「世の中広いから使いどころがないとは言わないけれど、少なくともおじさんはこんなに危険なスキルはいらないよ」
お客さん同士でスキル談義をしているけれど、この二人クセの強い変わり者同士だし気が合うのかな。それでも初対面で普通に話せるのはすごい。やるならここを出た後でやってくれないかな。
「経緯とスキルの詳細はだいたい分かりました。では、毒精製スキルを剥奪するということでよろしいでしょうか? おそらく進化スキルですので、今後は毒耐性も無くなってしまうと思うのですが……」
「うう……しかたがないよね。今後は毒キノコは食べないし、フィールドワーク中の生水にも気をつけるよ」
毒キノコはともかく、お腹を壊さない毒耐性スキルは有用だから残念だ。わたしの剥奪スキルは進化スキルを元に戻したりはできない。
「……毒キノコを最後に食べたのは昨夜ということでいいでしょうか? 体内に毒が残っている可能性はありますか?」
「ああ、たしかに心配だね。でも大丈夫かな。昨日食べたのはそんなに毒性の強いキノコではないからね。時間もたっているし、多少体調が悪くなるかも、くらいだと思う。死にはしないさ」
「一応、異変を感じましたらスキルはすぐに戻してくださいね」
まあ一晩たっているのなら大丈夫か。でも確認しておいて良かった。
ありがたみのための雰囲気作りでした質問だったけれど、あながちバカにできないものだ。これが朝食で猛毒キノコを食べたばかりとかだったら殺していたかも。
ちゃんと今後も続けよう。
「スキルの返却もできるのか?」
フードの男性が興味深げに聞いてくる。そうだ、見学者がいるのだから、その説明もしなければならないのか。
「返却と言うより、いつでも戻せるという感じかな。面白いよね。まあそれについては見た方がいいと思うよ」
「なるほど。了解した」
わたしがなにか言う前に、常連なイーロおじさんが応対してしまう。仕事が楽で良いけど、一応接客業としていいのだろうか。
「なら、はじめさせていただきます。わたしのスキル発動には接触が必要ですので、手の甲をこちらに」
イーロおじさんの右手が水晶球の上に差し出され、わたしはその上に手を重ねた。
通常ならば握手するけれど、今回は手のひらに触れると溶けてしまう。
「改めてゆっくり深呼吸して、リラックスしてください」
イーロおじさんが深呼吸する。一回、二回、三回。
……この行程はまったく必要なくて、スキルの発動がとても難しいということを演出するためのものだけれど、地味に会話しなくていいのが嬉しい時間だ。わたしの方が落ち着けるので絶対に続けようと思う。
「目を閉じて、取ってほしいスキルを差し出すようにイメージしてください」
これも必要ない。ただ見られていると緊張するので目は閉じていてほしい。
「そのまま右手に集中してください」
集中が必要なのはわたしの方である。
チラリと上目遣いで、イーロおじさんが言った通りに目を閉じて深呼吸しているのを確認して、わたしはスキルを発動する。