憧れの人
「こちらが天啓になります」
疲労を感じながら、それを表面上隠しながら声を発する。
握手した手と手の間に出現した輝石……大きくて完全な真球で、透明な水晶球のよう。けれど淡く光るそれは今まで見たどのスキルよりも神秘的だった。
「………………」
返答がない。チラリと王女の顔を覗くと、黒スーツ姿の男装の麗人は呆然とした表情で自分の両の手のひらを見つめていた。
スキルを剥奪した時の反応は大きく分けて二種類。本当に成功したのか分からない人と、自分の中からスキルがなくなったことを実感として覚える人。
ああ、この人は後者なんだな、と。その様子だけで分かった。
なら大丈夫だ。
「セレスディア様」
名前で呼びかける。人は自分の名前には特に反応するものだ。その例に漏れず、セレスディア王女の目の焦点が合う。
「剥奪が成功しました。こちらが天啓スキルの輝石になります」
「お、おお。そうか」
やっと我に返った相手に輝石を手渡す。
こんなものは早く返してしまいたい。もし手が滑って落としたりしたら、壊れなくても不敬罪で処されそうだ。
「人によっては、スキルを失ったことで体調不良になったり、今までそのスキルで補助していたスキルの使用感が変わったりします。もしなにか問題がありましたら、早めにスキルを戻すことをオススメします」
「ああ、その辺りの説明はミクリに聞いている。安心してほしい。なにかあっても、あなたのせいにはしないとも」
たまに怒って再来店される方がいるから、その言質がとれるのは普通に嬉しいけれど。
「その大きさのスキルを剥奪したのは初めてですので、なにが起きても不思議ではありません。重々に気をつけてください」
「ふむ、たしかにな。生まれた時からあるスキルだからか、今も大きな喪失感がある。身体に大きな孔が空いたかのようだ。これが重大な不具合の予兆であるという可能性を否定しきれん。……ふふ」
王女は笑う。それが妙に楽しそうな声で、わたしは眉をひそめた。すると訝しんだのが分かったのだろう、明るい声で説明してくれた。
「ああ、なに。天啓が発動すれば今の正しい状態が分かるのになと、そう思っただけだ。天啓は妾の外にあるのにな」
「……そう簡単に解答に辿り着けないのが普通の人間です。満喫できていますか?」
「悪くないよ。それにこうなって初めて分かった事もある。天啓は発動型だと思っていたが、パッシブ型でもあった。普通の人間の視界はこんなにもクリアなのだな。早くも少々感動している」
「? 天啓は視界から入る情報の補助までしていたのですか?」
あり得る話だ。たとえば料理を見るだけで、使われている材料や調理法が完全に理解できてしまう……みたいな。
見えることが多いのはいいことのように思えるけれど、あまり多すぎると疲れてしまう。見るものすべて新聞ぐらいの情報量があったら、イチイチ読み解くのも面倒になるだろう。
「いいや、視界だけではないな。嗅覚、聴覚、触覚、味覚もだろう」
「……それは、精神的な異常をきたしかねませんね」
「さすがスキルについての理解が深いな。なに、そこまででもない。負荷はだいたいBランクのシャープセンスと同程度だろう」
Bランクの感覚強化なら十分すごいでしょう。
「ふふ、これはなかなか面白い発見だぞ。今までは天啓の発動条件が特定できなかったが、常に発動しているのであれば話が違ってくるというものだ。アプローチを変えて再度研究すれば、あるいは狙って効果を得ることも可能になるかもしれない」
おお、輝石を見る目が研究者のそれになっている。さすが王族にしてスキル研究の第一人者と呼ばれる人だ。新しい事実が分かったとなれば分かりやすいくらいに声が弾むらしい。
うん、想定はしていなかったけれど、役に立てたのならなによりだ。このスキルは剥奪できませんでした、なんて嘘を吐かなくて良かった。
「そうなれば、あなたは妾の天啓を進化させた人物として名を馳せるかもしれないな」
勘弁して下さい。
「さて、ご苦労だったぞ剥奪屋。礼はそうだな、今度ロアの奴にでも持たせるとしよう」
「ロアさんをご存じなのですか?」
ミクリさんが軍人さんっぽいし、王女様なら護衛とかで軍人さんと関わることがあるんだろうなとは思うけれど。でもロアさんの名前が普通に出てきたのは驚いた。
あの人は王族に顔と名前を覚えられているってことだ。エリート軍人さんだとは思っていたけれど、もしかしたらわたしが思ってる以上かも。
「……なにを言っている?」
なにその反応?
「いや、まて。そうか……アレもそれなりに有名人なのだがな」
「南部戦線ではかなりすごい活躍をされたとか。もしや王家からの勲章をもらった方でしたか?」
「う……うむ。アレの部隊に贈られていたよ。人数分の勲章が王の手から直接渡されたはずだ」
この人にしては歯切れが悪いな。嘘ではないけれど、それだけではないみたいな?
なんだろう、勲章授与で知ったのではないとすると……ロアさんは中央士官学校卒のエリート軍人さんだから、たぶんいいところの生まれのはず。だから貴族とか大商人のご子息である可能性もあるのか。
うん、それならセレスディア様が知っているのも分かるし、あまり深掘りしない方が良さそうだ。
「ロアとは知った仲なのだ。連絡も取りやすいし、なにより妾の言うことはよく聞く。謝礼は必ず届けさせるから安心するがいい」
そりゃあ王族の頼みを断れる軍人はいないでしょう。
というか、今回はタダでもいいくらいです。王族からお金取るの恐いので。
「では世話になったな、剥奪屋。……ところで、このピペルパン通りに住むあなたに一つ尋ねてもよいだろうか?」
「はい。なんですか?」
剥奪屋としての仕事が終わり、またセレスディア様がお帰りになるそぶりを見せたことで、少しだけ気が緩んでいた。
そこにまるで雑談のような調子の声で問われたものだから、わたしはいくばくか気を抜いていた。
だから次の質問には、本当に本当に失礼なことだけれど、すごく胡乱げな顔をしてしまったのである。
「うむ――これで一応、妾はスキル学の研究者でもあるのだがな、学徒たる妾が伏して尊敬する御方たちの中に、近代スキル学の大博士たるイーロ教授という天才がいらっしゃるのだ。そしてなんと、イーロ教授はこのピペルパン通りの出身らしいと聞いたことがあるのだよ! せっかく近場まで来たのだから是非ともご挨拶したいのだが、あなたは彼の家がどこにあるか知らないだろうか?」