規格外
正直に言えば、迷っていた。本当にそのスキルを剥奪してしまっていいのか。
あなたのスキルは特別過ぎて剥奪できませんでした、と言うことはできる。それくらいにセレスディア・エルドブリンクスの天啓は規格外だから、言い張れると思う。
けれど……どうしてわたしはここまで迷うのだろうか、とも不思議にも思うのだ。
トプン、と精神世界に潜る。
「わぁ……」
一目見て圧倒された。その空間の印象はあまりにも余人とは違ったからだ。
明るい。眩しくはなくて、温かく優しい光に迎えられた。
広い。水に満たされた空間がどこまでも続くような気がする。
澄んでいる。濁りのない透明な水中は清潔感すらあった。
そして、驚くほど整然としていた。
「これ、どうなってるんです?」
思わず胡乱げな声が出てしまう。
中心にすごく大きな光球が一つ。そしてその周囲で輪を描くように、普通の人より格段に多い他の光球が並んでいる。
まるで博物館で見た、輪っかつきの星のよう。あれは模型だったけれど、たしかこんな感じだった。
ちょっと規則正しすぎではないか。普通、スキルってこんなふうにならないけども。現実世界の部屋みたいに自分の意思で整理できるような場所ではないし、少なくとも今まで見てきた他の人の光球はもっとランダムな場所に浮かんでいるのが常だった。
……さすが王族。さすがセレスディア・エルドブリンクス。精神世界ですら規格外だ。ここまで違うとやはり王侯貴族というのは特別なんだなって理解できてしまう。
すごく几帳面な性格なのかな、潔癖症なのかな、だからこんな精神世界なのかな、とセレスディア王女の人となりを推測しながら、わたしは泳ぐように光球の群へ近寄っていく。
本命は中心のあの大きなスキルだけれど、その周囲のものも十分に大きい。なので一応、可能性のありそうなものに触れてみる。
えっと……仮想的に世界の表面と裏面を定義し、その両面を行き来することができるスキル……なのだろうか?
これは最初に空間を割って出てきたスキルのようだ。二重世界がどうとか言っていたけれど、イメージとしては世界を一枚の紙のように捉えたものらしい。空間を破って自分だけ裏側に行けて、表面を透かし見ることができますよ、という感じ。
屋内の密室空間でないと起動できない。裏側からは表側に干渉できない。荷物は十キロまで持ち込める。壁などを通り抜けることはできないが、なにかあって起動した場所が密室でなくなれば外へ出ることも可能。一日のうち計七分間、使用できない時間がある……などなど、他にもいろいろ条件がありそうだ。
他の光球にも触れてみる。……なんだろう、認識できる光の種類を増減させることができるスキル? あらかじめ設定して置いた場所に他人の注意を強制的に向けさせるスキル? 火の温度だけを奪って別の場所に移すスキル?
意味が分からないし、なんだかどれもすごく複雑で制約が多そうな構成で、なにかの契約書でも読んでるようなウンザリした気分になるものばかりだ。
あとたぶん習得か進化スキルっぽいんだけどどうやって訓練したのだろうか。
「え……?」
比較的小さめの光球に触れて、ビックリしてしまった。なんで? と思った。
それはやっぱり妙に条件が複雑そうだったけれど解錠のスキルで、否応なく昨夜来たロアさんとマルクさんを思い出してしまう。
……まさか、さすがに違うでしょう。と首を横に振った。だって犯罪者って言ってたし。
でもわざわざあんな箱に入れて来たのはスキルを封印する理由の他に、わたしに誰のスキルを剥奪するのか見せないようにした、ということだったりして? そういえば中の人は男の人だと言い当ててから箱を空けたのだし、本来中に入っていたのは女の人のはずで。
いや、いやいやいや。さすがに、さすがにない。どこの世界に王族を箱詰めにして強制的にスキルを奪う軍人がいるというのか。それはもうクーデターの最中ではないのか。ロアさんは革命なんかしない。
――見なかったことにしよう。王族のスキル構成なんか国家機密でもおかしくないし。
「やっぱり、これですか」
一際大きな、中心の光球に触れる。
わたしが今まで見てきたスキルの中では、ロアさんの威圧が一番大きくて強い光を放っていた。けれどこれはさらに大きくて、思わずため息が出る。
間違いない、天啓だ。
「……こんなものを、産まれた時から背負ってたんですね」
力がある者は重い荷物を持って当然だ、というあの話は、続きがあると思う。
周りが当然のようにそう考え押しつけるようになるから、本質的にお母さんと子供の話だと言っていたけれど、やはりあれはお父さんの話だとわたしは感じた。
――自分は力を持っているのだから、重い荷物を持たなければならない。そう、お父さんが自分自身に役割を課すことだってあるだろうから。
わたしは剥奪という希少で貴重なスキルがあるのだから、人のために使わなければならない。
人と関わるのが大の苦手なのにこんなお店を開いたのは、そんな考えがあったからかも……なんて、思ってしまったから。
「あなたはわたしのお客さんです」
大きな光球へ手を伸ばす。
あなたにも分かるだろう? と聞いてきたときの彼女は、なんだか同じ悩みを持つ仲間に向けるような顔をしていて。わたしの剥奪はあなたの天啓ほどではないですよという気分にはなったけれど、ほんの少しでも分かってくれそうな相手と会えたって喜んでいる気がして、なにも言えなくて。
たぶんこの人は、本気で助けを求めていたから。
「だから、わたしはあなたの味方をしますね」
剥奪する。