重荷を背負う子供
産まれた時から所持し、強く有用なスキルであることが多い天恵スキル。
天から与えられたものとも言われ羨まれるそれは、強く有用であるために、その人間の人生すら決定することがあった。
けれどそれは、自分の意思を伴わないもの。そのスキルが示す未来がどれだけ堅実であっても、あらかじめ用意された決定済みの未来を受け入れられない人はいるだろう。
セレスディア・エルドブリンクス王女は微笑する。
「一般家庭のお父さんが重い荷物を持つのを、貧乏くじだと言っているわけではないぞ? 強い力を持つ者は他の者に、重要な役割を担って当然だと思われてしまう、という話だ。つまり本質的には、お母さんと子供についての話をしていると思ってくれていい」
わたしは素直に普通に考えて、重い荷物はお父さんが持つべきだと考えた。
お父さんが重い荷物を担うこと自体は悪いことではない。家族のために進んで力仕事をするならいいお父さんだろう。でも、お父さんじゃない人がそれを当然と思って、押しつけてしまうのは違う。
とはいえ、旅行の荷物くらいでそれを問題にするのは潔癖すぎる気もする。これは人が持つ無意識についての警鐘で、それが膨れ上がったらどうなるか、という話になるのだろう。
「……もし、大人でも持てないようなすさまじい大きさの荷物を背負えるスキルを、子供が所持していた場合。子供がそれを持つのが当然だと周囲が思ってしまって、子供に重責を押しつけてしまうということですね」
「通常であれば周りの大人が配慮するものだろうが、妾は昔から国民に人気があるようでな」
ああ、そうか。貴族派や議会派は汚濁を見通す彼女に近寄りたくないけれど粗雑にも扱えず、彼女と直接は関わることのない民衆は無責任に活躍を期待するんだ。
たぶんいろんな嫌なことをすでに経験済みなのだろう。王女という特別な立場も責任を押しつけやすくて良くなかったのではないか。
「あなただってそうだろう? 覚醒スキルを得て、その道で生きることを求められたのではないか? 希少かつ有用だから、そのスキルを求めて客が来るからではないか?」
それはわたしが他になにもできないからだけれど、たしかに今のところ、お客さんに困ったことはない。……けっこう高い値段を設定してるから数日誰も来なくても、わたし一人が生きて行くには困らない、という意味でだけど。
でも高値でもそれなりにお客さんが来るってことは、求められている証拠でもあるか。
逆に、わたしがスキル剥奪屋をやっていなかったら……今でも困ってる人はいるだろう。たとえばロアさんは、ずっと顔を隠していなければならないから私生活を送ることすら困難だったはず。
「持っているから望まれる。それは呪縛に近い。だから、持っていなければ、というもしもに想いを馳せるのは当然だろう?」
「天啓スキルを捨てるつもりですか?」
その片棒を担ぐのは恐怖だった。
「南部戦線の奇襲を見破って王国を救った天啓は、なくてはならないものではないですか?」
「制御はできない、発動のタイミングは分からないと言っただろう? そう便利なスキルではないのだ。仮に次、どこかから攻められたとして、それを事前に察知できるかどうかは分からない。そして妾に期待している者は、妾が危機を察知できなかったときはガッカリするだろうな」
それは……まあ、ガッカリで済めばいいですよね。下手したら暴動だ。
セレスディア様は危機を知っていて伝えなかったのではないか。理由は彼女にとって都合の悪い誰かに痛手を与えられるからだ……なんて陰謀論が飛び交っても不思議じゃない。
「というか、国防は軍の仕事だろう? 妾は研究畑の人間だぞ。ベッドでスキル関連の書籍を読んで過ごすのが日課のインドアで根暗で本の虫の女なんだ。そこまで期待するなと言いたい」
インドア、根暗、本の虫ってわたしと同じ属性なんだけど、なんでこんなにも受け入れがたいんだろう。
やっぱり根本的に自信に満ちてるところかな。
「まあ、とはいえ捨ててしまうつもりまではない。なんだかんだ言っても妾の一部であるスキルだし、有用には違いないからな。しばらく満喫したら戻すのもいいし、他の者に渡せるのならそうしてもいい。ミクリ、どうだ? 妾の代わりに天啓スキル所有者にならないか?」
「い、いや! あたしは任務がありますので無理デス!」
お仕事じゃなく任務って言い方、やっぱり軍人さんっぽいな。この近隣に住んでるはずだからセレスディア様の近衛兵ではないだろうし、やっぱりロアさんの部下なのではないか。
「そうか。まああの愚……バカ者について行ける部下はなかなかいないからな。ミクリは諦めるか。だが天啓を腐らせるつもりはないから、安心してくれ」
今なんだか言い直す必要のない言い直し方しなかった? ロアさんはバカじゃないから、ミクリさんはやっぱり軍人じゃないのかもしれない。
「……セレスディア様がそこまで言われるのでしたら、わたしから言えることはありませんね」
この人は王女様で、天啓スキル所持者で、スキル学の研究者でもある。わたしの剥奪スキルについてもミクリさんから詳細を聞いているだろう。
わたし程度が考えつくことはすべて想定済みだ。第一、王族の方に逆らえるはずもない。
「わかりました。では、天啓を剥奪させていただきます」