天恵スキル
言い方を、間違えた。
「――ふむ」
セレスディア・エルドブリンクスは数秒ほど沈黙してから、頷く。
「あなたに選択権があるとでも?」
言葉が本当の重みを伴っているように思えた。心に重石を乗せられたかのようだ。
本当に失言だった。なんであんなことを言ってしまったのか。この人が本気になればわたしなど簡単に牢に行く。なにより敬意を払うべき相手だ。
どうにかしなければならない。どうにかしなければならないけれど頭は真っ白だ。なにも思い浮かばない。
「セレスディア様の天啓は国の危機を救うほど有用で強力なものです。多少の目眩がある程度で、そんなスキルを手放す理由が他に思いつきません」
そんなものを剥奪してしまって、もしなにかあったらどうするのか。
今までそんな失敗はしたことはないけれど、もし上手くスキルが奪えなくて壊れてしまったら? 剥奪ができたらできたでスキル石が紛失する可能性もある。お客さんの中にはスキルを失って体調が悪くなった人もいるから、彼女が無事にすむ保証はない。
だから、そう。だから――
「ここは本当に困っている方が来る場所です。遊びで剥奪はできません」
「ア、アネッタさん!」
重ねた失言にミクリさんが止めに入ってくれる。とてもありがたい。ありがたいけれどできればもう少し近寄って来てほしい。
「控えろ、ミクリ」
そして一言で下がらないでほしい。
コン、と綺麗に整えられた爪がテーブルを叩く。険のある目がわたしを射貫く。この人の瞳は赤色なのか、とこんな状況で気づいた。
「なるほどな。つまり怒りか。妾があなたのスキルを侮辱していると、そう受け取ったのだろう」
違います。
「分からないでもない。真剣に取り組んでいる店に物見遊山気分で来られるのは迷惑だろう。特に、覚醒スキル保持者はこだわりの強い者も多いようだしな。これは妾の配慮不足だったようだ。――では、説得を試みよう」
セレスディア様が温厚な方で良かった。わたしのような小娘を本気で相手にしない人で良かった。
説得。それがどんなものでも、わたしは即座に頷こう。もうだいぶん胃が痛いけれど、それが今回の最善……!
「あるところに、お父さん、お母さん、小さな子供の三人家族がいました」
………………なんて?
「三人は全員がまとまったお休みがとれたので、家族旅行に行くことにしました」
王位継承権第三位の口から家族旅行なんて言葉が出ることあるんだ。
「三人は旅行のために大中小の鞄を三つ用意し、それに荷物を入れて一人一つずつ持って行くことにしました。さて、お父さん、お母さん、子供はそれぞれどの鞄を持ったでしょう?」
「ええっと……」
なんだろうこの問題。意味が分からない。意味が分からなすぎて、ほのぼのした内容なのに恐い。間違えたらどうなるのか。
「……普通のごく一般的なご家庭ですか?」
「その通りだ」
即答される。なるほど一般的な家庭。なら素直に考えるしかない。
引っかけの可能性は……考えなくていいだろう。その場合は相手の思惑どおりに引っかかった方が好印象な気がする。
「お父さんが大きい鞄、お母さんが中くらいの鞄、子供が小さい鞄でしょう」
「そうだな。一般的に男性の方が筋力が高いため、重くて大きな鞄はお父さんが持つのがべきだろう。そして力が弱い子供が小さい鞄を持つのが普通だ」
どうやら正解できたらしい。思わずホッとする。
普通の答えを言っただけだけれど、変に奇をてらわなくて良かった。
「しかし旅行に出発した家族は、不幸にも鞄の一つを紛失してしまう」
「はぁ……」
続きがあるんだ……。
「さて、誰が持っていた鞄が失われたら、家族はもっとも困るだろうか?」
本当になんの問題なのだろうか。意味というか、意図が分からないのだけれど。
えっと、大中小の鞄があって、家族でそれを分けて持ってて、一つを失ってしまった。
どうしてなくなったのかは分からない。盗まれたのかもしれないし、どこかに置き忘れたのかもしれない。
子供に大切なものは持たせないだろう。お父さんの鞄が着替えとかで膨れててお母さんがお財布を握ってるって可能性もあるけれど、普通に考えれば――
「お父さんが持つ大きな鞄を失うのが、もっとも困ると思います」
「そうだな。今回は中身についての言及はないのだし、より多く物が入っている鞄を失うのが痛いと判断していい。旅行先でお父さんは一番気をつけないといけないだろう」
セレスディア様は大きく頷く。これも当たっていたらしい。
「つまり、力の強い者はそれだけで他者より重いものを持たねばならず、そしてそれ故に重い責任を負わなければならないのだよ」
当たり前の答え。素直に考えて答えただけ。それで正解のその問題は、家族や荷物の話ではなかった。単純な筋力だけの話ではなかった。
運命の話だ。
破格の天恵スキルを持つ王女は、天啓のセレスディア・エルドブリンクスは、国の危機を救うほどの能力者は、生まれたときから誰よりも特別だった人は、大きなため息を吐く。
「能力とは、持っているだけで役割と責任がのしかかる。あなたにも分かるだろう? 剥奪屋」