格の違う客
「こんちわーデス! お邪魔します!」
翌日、双子の妹さんのミクリさんがやって来た。ビックリした。だって来て早々に床へ土下座したのだ。わけが分からなくて一瞬で吐きそうになった。
「すんません、マジでごめんなさい! これから起こることはすべて内密にお願いしますデス!」
説明なしの一方的なお願いが必死すぎる。
「あ……あの、とりあえず顔を上げてください。いったいどうしたんですか?」
とりあえず土下座をやめさせなければならない。あの明るい茶色の髪がうちの床で汚れるのが申し訳ない。
会うの二回目でこんなの奇行の域である。
「その、これからここにお客さんがやって来るんですが!」
頭を上げずに説明し出すミクリさん。とりあえず厄介ごとを持って来たのは分かった。
「その人のことはどうか、どうか他言無用にお願いしたいのデス!」
「一応、お店としてお客様の個人情報などは守秘義務として守らせていただいていますが……。そうですね、これから来るお客様について一言一句他言するなということでしたら、そうさせていただきます」
「ありがとうございます! それでお願いします!」
ガバッとやっと顔を上げて無理矢理手を取って握手してくるけれど、ちょっと恐い。この人こんな人だっけ?
なんだか余裕がなさすぎて勢いでなんとか乗り切ろうとしている感じだけど、まあつまりお客さんが来るのだろう。ここはスキル剥奪しかメニューがないので、わたしはその人のスキルを剥奪して黙っておけばいい。
つまりいつものことだ。他言無用とかいわれても、そもそも他言する相手がいないし。
そういえば昨夜のロアさんの依頼も、同じように内密の仕事だったなと思い出す。
あれは脱獄常習犯の解錠スキルを剥奪するというものだったけど、そんな相手を牢屋から出してここまで連れてきて処置する、みたいな話だったからそれは秘密だろう。箱の中に入れてきたのも、犯罪者のスキルを封じるためという意味の他に、誰の目にも触れないようにという意図があったのかもしれない。
まあ結局、それが裏目になって別人が入っていることに気づかなかったのだけど。
「そ、それではお呼びしてきますデスので、しばらくお待ち――」
「よい。すでに来ている」
被せるように、よく通るハスキーボイス。
声のした方向へと振り向く。玄関の方。新しく誰かが……おそらくミクリさんが土下座するほどの厄介なモンスターが……来たようだ。
「あれ?」
けれどそちらには誰もいなくって、思わず首を捻る。かなり覚悟していたので少し拍子抜けした感じ。
「おっと、忘れていたな。ミクリ、頼む」
「はいデス!」
もう一度、声。ミクリさんが駆け足で玄関に駆け寄り、開いていた扉を閉める。……それと同時。
バキンッ、と空間に亀裂が走った。
呆然とした。まばたきもできなかった。ヒュッと変な笑いが出た。
亀裂の向こうから出てきた革靴が床を踏む。どこか分からない場所から姿を表したのは、金の髪を背中まで流した女性――黒のスーツに身を包んだ男装の麗人だった。
「やれやれだ。完璧を求めすぎると利便性が損なうのは考え物だな。閉鎖空間でしか発動も停止もできないのに、二重世界に移動するとこちらにほとんど干渉できないというのは誤算だったよ。おかげで扉の開閉もできない。単純に透明になるだけの方がまだ良いのではないか?」
「あ、あたしに言われてもデスね……そっちに居るときはこっちからも触れないのですから、町中で人とぶつかったりすることがないのはメリットでしょ」
「まあ兵士に囲まれたところで逃げ切れるのは利点か」
格が違うの来ちゃった。
意味の分からない言葉は耳に入らなくて、徐々に修復されていく空間の亀裂を眺めたままそう思う。
たぶんこの相手は、こんなところに来てはいけない人だ。こんな小娘がやってる旧市街の外れのちっちゃな個人店に来てはダメな人だ。だって明らかに身分が違う。だって明らかにスキルのレベルが違う。
というか、わたしはこの人を知っていた。
「あなたが噂の剥奪屋だな。すばらしいスキルを持っているとミクリから聞いている」
彼女はわたしを真っ直ぐに見て微笑む。
美しくて中性的な顔立ちと声は、同性でも容易く恋に落とすのではないか。わたしは一刻も早く逃げ出したいけれど。
幼なじみで肉屋のリレリアンも美人で女の子たちに人気があるが、あれは誰でも隔てなく接っする気っぷの良さが慕われているからでもあるだろう。けれどこの人は、遠間から眺めただけで心を掴むような華やかさがあった。
「実はあなたに一つ、スキルを取ってもらいたくてな」
女性の用件はやはりそれで、そりゃあこのお店に来たのだからそうなのだろうけれど……彼女の次の言葉に、わたしは頭を抱える。
「どうか、妾の天啓を剥奪してはもらえないだろうか」