毒耐性
お金を貰うのなら、ありがたみが必要だ。
そう教えてくれたのは三つ上の姉で、もう二年ほど会っていないけれど、とても要領のいい人だった彼女は今も自分の憧れで。
人と関わるのが苦手なわたしの外面の良さも、その姉のマネっこでしかなかった。
「スキル剥奪には、無くしたいスキルの詳細を把握することが必要です。詳細が分からなければ、別のスキルをとってしまったり、とり方が中途半端になったりしてしまいますので、なるべく細かく教えていただけると助かります」
目はわずかに伏し目がちにして、ゆっくりと真面目な口調で説明する。営業用に仮面を被り直す。
真剣な話をするときはこの表情と声。
「また、リラックスしていただくことも重要です。スキルは持ち主の肉体や魂に深く結びついているものですから、緊張されているとその結び目をうまく解くことができません。気分を落ち着かせる香を焚きますので、まずは深呼吸をして心を静めてください」
「あ、ああ……」
わたしの営業用の声を受けて、イーロおじさんはなににも触らないよう手の平を上に向けて肩の位置まで上げながら、深く呼吸する。
いや、まだ香は焚いていないのだけれど。
……と言おうかどうか迷ったけれど、やめた。そのまま深呼吸していてもらうことにして、わたしは小さな香炉と占い師が使うような水晶玉を用意する。わたしたちの間にある、膝上ほどの高さのテーブルへ静かに置いた。
マッチで香炉に火をつけると、落ち着いた匂いの紫煙が立ち上る。うん、いい香り。
「では、そのスキルがどういうものか、なぜそのスキルが発現するにいたったのかを教えて下さい」
実のところ、香を焚くのにあまり意味は無かった。べつに相手が緊張していようが警戒していようが、スキル剥奪はできる。
水晶玉を置くのも演出だ。これを使えば神秘性が増すし、なによりさもこれを使ってあなたが要らないスキルを調べていますよという感じを出せば、相手の目を見て話さずにすむ。
ついでに情報も実はあんまりいらない。さすがになんの情報もないと無理……というか、もう片っ端から全部スキルを剥奪しちゃってもいいならやるけれど、そんなことは望まれるはずがないのでどういう効果のものか簡単には知っておきたいだけ。
それでもこんなことをするのは、お客さんに気分良くお金を払ってもらうためだ。
一言二言話してポンッとハズレスキルをとってあげて、それでけっこうな高額を請求してもクレームが来るだけである。
お客さんと話す時間は長くなってしまうけれど、ネチネチと文句を言われたり値切られたり怒鳴られたりするよりはマシ。薄利多売に舵を切る方がたぶん無理なので、総合的に見るとこういう方向性で行った方がいいと思う。
「こうしてなににも触れてなければいいんだけれど、なにかに触れると手から溶解液が出るんだ。威力はさっき見て貰ったとおりかなり強力で、自分ではまったく制御できなくて困っているんだよ」
「特定条件で発動するんですね。どのように発現しましたか?」
「そ……その……」
言い淀むイーロおじさん。なんだろうか。
スキルは大きく分けて、天恵、習得、進化、覚醒の四種。今日発現したばかりなら天恵ではないから、三種。
努力して身につけたものか、スキルの習熟度が上がったものか、それともかなり希だがいきなり発現したものか。なんにしろ、説明が難しいものではないと思うのだけれど。
「実は、おじさんは学者として、よくフィールドワークに出かけるんだ。森の深いところとか、荒野とか湿地とか、海の沖の方とかね」
「はい。以前からいろんな場所に出向いていることは、街の人からも聞いています。けっこう危険な場所へも行っているとか」
「厳しい土地もあるけど、好きでやってることだからね。でも困るのが食べ物や水とかでね。最初の頃はよくお腹を壊したものさ」
イーロおじさんは謎な人だ。大学の教授で学者さんで博士さんだということはピペルパン通りの住民はみんな知っているけれど、実はおじさんがなにを研究してるのかはよく知らない。
同じ王都とはいえ、大学は中央の方。それに対してピペルパン通りは外れの方で、行き来には乗り合い馬車が必要なくらいには離れている。なので実際にこの人が学者をやっているところを見ることは、ピペルパン通りに住んでいたらほぼないのだ。
どうやらいろんな場所に遠征してるようだけれど、本当になんの研究なのだろうか。
「まあでも、厳しい環境にも続ければ慣れるからね。おじさん、毒耐性のスキルを持っているんだよ」
「毒耐性ですか。良いスキルですね」
傷んだパンを食べてもお腹を壊さない、羨ましいスキルだ。生水が飲めるのは普通に羨ましい。
……まあでも、毒耐性を持ってたとしても傷んだパンは食べないし、生水は飲まないか。スキル効果で平気だとしても、わざわざ毒を食べたいとは思わない。
「でね、アネッタ君は知ってるかい? 毒キノコって美味しいんだよ」
「バカなんですか?」