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ピペルパン通りのスキル剥奪屋さん  作者: KAME
ピペルパンとスキル学
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箱の中に手を入れる

「アネッタ君はね、昔っから引っ込みじあんな子でねぇ」


 テーブルを挟んで向かいに座るのは、軍人で、アネッタ君のお客さんで、冷血のスキルを失った男で、グレスリー・ドロゥマンという名前らしい。

 それだけ自己紹介されれば十分だ。この国の第三王子にして南部戦線の英雄ロア・エルドブリンクスの片腕、鉄面皮のドロゥマンだろう。

 やはりあのときアネッタの店にいたのはロア王子だったようだ。


「明るくって元気なお姉さんの後ろにいつも隠れてるような子でね、それはそれで可愛かったんだけど、今はお姉さんが嫁入りしちゃったから一人で頑張らなきゃってなってるみたいかな」

「ほうほう。アネッタさんには姉君がいるのですね」


 たぶんそれくらいはもう調べてるんじゃないかなぁ。スキル剥奪は明らかにSランクだし、見付かったらそりゃあこうなるかもって思ってたけれど、ずいぶん早かった。


「まあ、頑張ってるってことは無理してるってことだけどね」


 淹れたコーヒーに砂糖を入れる。たくさん入れる。コーヒーは舌がザリザリするくらいに甘いのが好きだ。ブラックなんか飲む人の気が知れない。


「そのようには見えませんでしたよ。この身の冷血を剥奪していただいたときは、ずいぶんと丁寧に応対していただきました」


 向かいの男がブラックのままコーヒーをおいしそうに飲む。どうやら彼とは相容れないようだ。


「軍人さんなら分かるでしょう。自分に役割を課し、それに最適な振る舞いを演じる者はどういう人ですか?」

「己の弱みを見せたくない者ですな。ハハハ、戦場で真っ先に心が折れるタイプです」

「んー、真面目で自分自身を圧し殺す者とおっしゃってほしかったんだけど、前半は間違ってないのがなんとも」


 さすが伝説の参謀だ。人を駒として動かすには、駒の性能を理解する必要があるはず。人を見る目はこの大学のどんな教授より実地で磨かれているのだろう。

 ……一人の学徒として経験談を聞きたいほどだが、残念ながら今はワシが質問されている立場である。


「まあ真面目というか、律儀なんだよね、アネッタ君は」

「律儀、ですか?」

「そう。精神の専門家は首を横に振るかもしれないけれど、真面目はその人間の性格傾向で、律儀は義務感からくる強迫観念に近いものだとワシは思うんだよ。そうしたい、と、そうしなければならない、の違いって感じかな」


 ピペルパン通りのご近所さんとして、昔から知っているアネッタは……挨拶をしてすぐ隠れてしまう子、という印象だった。

 だからお店を始めて驚くほどしっかり接客する彼女を見たときは、むしろ心配してしまったほどだ。


「まあアネッタ君はそれだけ他の人のことを大切にしている、ということでもあるんだけどね。でも、さっき言った通り元々引っ込みじあんであんまり話さない子だったからねぇ。ちゃんとやっていきたい、じゃなくって、ちゃんとしなきゃいけない、って感じで無理してるんじゃないかぁって思うんだよね」

「なるほどなるほど。なかなか複雑な性格をしていそうですな」


 興味津々の様子で、面白そうに何度も頷くグレスリー氏。

 噂とかけ離れていてどうにもやりにくいが、これが冷血というスキルを失った影響であるとしたら、スキルが人生に与える影響はいったいどれほどのものなのだろう。


「つまり、先ほどの授業の続きですね。覚醒スキルは持ち主の精神が大きく影響している。彼女のそういう性格が剥奪スキルの源流になっているのではないか、と」






 恐る恐る、棺のような大きな箱に手を入れる。人が入っていることは知っていてもやっぱり手が震えてしまう。

 指先が触れる。しっかりした生地の服があって、その下に鍛えている割れた腹筋の感触。

 できれば相手に直で触れたいけれど、手探りでは服の継ぎ目が見付からなかったので、時間をかけて集中する。頑張ればなんとかできる。


 そうして、トプンと精神世界に入った。


「犯罪者って話だったけれど……そんなに変な感じはしない……かな?」


 スキルが光球として浮いている水中に潜るような感覚。とりあえず問題なくスキル剥奪が発動して、ほっと安堵する。

 不安要素が多いからさすがに無理かもしれないと思っていたけれど、ちゃんと相手の精神世界に入れた。


 周囲を見回す。一見して普通だ。水の中は明るめでスキルの数は大小合わせて二十くらい。光球はけっこう強い光を放つものが多く、とはいえ驚くほど強力そうなものは見当たらない。バランスよく優秀な、悪く言えば器用貧乏なタイプだろうか。

 ……うん、どうしてもロアさんの凄さと比べてしまうな。それと、トルティナの暗さとも。以前見た二人の精神世界は真逆だったけれど、それぞれ印象深い。

 わたしの経験と照らし合わせた感じ、この精神世界の主はどうも、普通の範囲を出ないように思える。犯罪者さんならもう少し異常な感じはするかなと身構えていたのだけれど、ちょっと拍子抜け。


 まあ、異常を期待していたわけではない。ただでさえ不安要素がたくさんある仕事なのだからイレギュラーなどない方がいい。

 早くアンロックを剥奪してしまおう。そう考えて、わたしはスキルを探し始めて――


「…………あれ?」


 全部の光球に触れてもそれが見付からなくって、似たようなスキルも見当たらなくて、首を捻る。


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