箱の中の人
おそらく三日後か、もう少し後。
それくらいになんだか問題のあるらしいお客さんを連れてくる、とロアさんは言って去って行った。
つまり、お客さんを紹介してくれるのだろう。それはいい。わたしのお店はスキルを剥奪する場所だから、どんな問題がある人でも分け隔てなくスキルを取り除くだけだ。……そもそも問題があってもなくても、深く関わる気はないのだし。
ただ、予定が曖昧なのは少し……いやだいぶん嫌だった。ロアさんやその紹介してくれる人の予定もあるだろうから仕方がないにしても、少し先の曖昧な予定は本当にやめてほしい。
人と会うのなら、その日のために心の準備をしなければならない。
予定日が近づくまで精神を整えて、前日にはしっかりイメージトレーニングして、当日は終わってから一人反省会する際に吐いてもいいよう食事を抑えめにする。
日時が決まっていれば少しずつ気持ちを作っていける。けれど三日を過ぎてから先、いつ来るか分からない状態が続くのはダメだ。ずっとビクビクすることになるし、気分がどんよりしてくるし、今日はもう来ませんようにと先送りのお祈りをするばかりになってしまう。
来るなら三日目がいい。できれば可能な限り先送りしたいけれど、結局胸にしこりのように残るだけなので、早く来てもらった方が精神衛生上ありがたい。
けれど三日目には来なくって、四日目も一日気を張っていたけれど音沙汰なくて、結局ロアさんが来たのは、もう今日は来ないだろうと油断した五日目の夜だった。
人が入れるほどの棺桶のような大きな箱を、マルクさんと一緒に担ぎ込んで。
「ええっと……」
「この中にいる者のスキルを剥奪してほしい。できるだろうか?」
困惑するわたしにロアさんが聞いてくる。
大きな箱はガチガチにベルトが巻かれていて封印されていたけれど、たぶん中の人のお腹あたりじゃないかな、という場所にちょうど手が入るくらいの小さな扉がついていた。
あそこから相手に触れてスキルを奪えと。
「この中に入っているのは、どなたなのですか?」
「犯罪者です。それ以上の説明はできません」
わたしの当然の疑問に、玄関の扉の横に立って外と内を同時に警戒している、物々しい小銃を持ったマルクさんが端的に答える。
今のところ銃口は天井を向いているけれど、いつでも構えて撃てる持ち方だ。家にそんなの持ち込まないでほしい。
つまり、この中にいる犯罪者さんの強力で厄介なスキルを奪って使えなくしてほしいと。
まあこの前の相談内容から、マトモなお客さんを紹介してくれるとは思っていなかったけれど。
「……棺桶のように見えますが、封印具でよく使われる素材ですね。縛っているベルトもそうでしょう?」
「その通りだ」
「スキル封印具はスキルの効果を邪魔するものですから、この状態ですとわたしのスキル剥奪にも影響があると思われるのですが……」
わたしのスキル剥奪は相手の精神世界に潜る必要があるから、ここまで封印具でガチガチになっている相手にはそもそも入れないのではないか、とすら思う。それだと剥奪は難しい。
「たしかにな。だが、私のときは封印具を身につけたままでも成功しただろう?」
「あれは気休め程度の品をたくさん身につけていらっしゃっただけでしたが、この封印具はそうとう強いものでしょう?」
「……あ、ああ、そうだったな」
たぶんこれは軍隊で用意した特製の封印具なのだろう。見た目だけでもすごく重厚な感じがするし、ロアさんの時より桁違いに強力な効果を発揮しているに違いない。
さすがにこんなのを貫通するのは、わたしなんかには無理だと思う。
「大丈夫です。その箱は特別製ですから、中にいる者はスキルを使えませんが外からの干渉は素通しします。その小窓からならスキルを使えるハズですよ」
でもわたしの懸念はただの杞憂だったようで、玄関の方からマルクさんの説明があった。
「なるほど、ちゃんと考えて設計されているのですね」
「あ……ああ、そうなんだ。君のスキルは問題なく行使できる。試してもらえるか?」
そういうことなら、断る理由はない。
相手が犯罪者というのは気になるけれど、マルクさんがあんな小銃を持ってるのも緊張するけれど、結局わたしはただスキルを剥奪するだけだ。
むしろ相手と顔も合わせる必要がないのは嬉しいかも、とまで思った。だって気を遣う必要がない。本人と話さなくていい。これはわたしにとって救いですらあるのではないか。
ただ……この小扉の中に手を入れるのは、ちょっと恐い。……中見えないし。
「先ほど中の人のことは話せないとのことでしたが、スキル剥奪をするには対象スキルの詳細な情報が必要です。それはお聞きしてもよろしいですか?」
べつにその人が持つ全部のスキルを剥奪してしまっていいならやるけれど、さすがにそれはこの箱の中の人が困るだろう。いくら犯罪者でもさすがにかわいそうだ。
それに、スキル枠の隙間問題もある。あんまり余計にスキルを剥奪しすぎると、その隙間が後でとんでもない化け物スキルを生み出しかねない。
「それについては問題ない。剥奪してもらいたいのは解錠だ」
解錠。アンロック。鍵を開けるスキル。
それは……。
「なるほど、犯罪者のスキルですね」
「……そうだな」
苦々しい顔をするロアさん。そんなスキルがあれば空き巣とかやり放題だ。きっとけっこうな被害を出した人なのだろう。
「脱獄の常習犯でもあってな。解錠で逃げては捕まえての繰り返しだ。さすがにどうにかした方がいいということで、ここに連れてきた。中の者は眠らせてあるから速やかに剥奪してくれ」
相手が眠っている状態での剥奪も初めてだ。なんだか初めてのことだらけで、もし失敗してもどれが原因なのか分からなそう。
でも、これでダメだったとしても言い訳はできるか。そういう意味では……うん、気が楽かもしれない。
「分かりました。少し不安ではありますが、やってみます」