スキル剥奪
あの現象がトルティナのスキル由来であれば、そのスキルを剥奪することで止められるかもしれない。
そんな単純な思いつき。
正直、本当にできるかどうかは自信がなかった。だってそんなのやったことがない。すでに発動している、現在も発動中のスキルを無理矢理剥奪して暴走を止める、だなんて経験があるはずがない。しかもそれが渦巻く憎悪の怨嗟に干渉されているとか、レアケースすぎて聞いたこともない。
でも、ロアさんもマルクさんも現状を打破するスキルは持っていなくって、トルティナは今も苦しんでいる。
「スキルを要石にしてあのカタチを保っているのなら、スキルを失えば散るのは道理だ。……だができるのか? 君の剥奪スキルにはいろいろと条件が必要そうだったが」
わたしをお姫さま抱っこして走ってくれているロアさんが聞いてくる。
そうだ。ここには水晶玉もなければお香もない。今ここでスキルを使ったら、ありがたみを出す小道具なんか無くても剥奪できることがバレてしまう。
「できます」
頭で考えることとは裏腹に、声は断言する。それどころではないとか、考えたわけではなかった。
わたしを抱えるロアさんと目が合う。
「マルク、援護」
「イエス・サー!」
銃声。
同時、わたしを抱えたロアさんが走る。
あの怨念の軍隊に拳銃を撃ったのだ、と分かったのは走り出した後。角度的にちょうど拳銃に弾を込め直すマルクさんの姿が見えたから。
一回しか音がしなかったのに弾を込め直していた意味を理解したのは、二音目で同時に六つ光るマズルフラッシュを目にしてから。
早撃ちのスキル、だろうか。小説でも書かれないほどのファストドロウ。
わたしのあんな言葉を信用してくれたのか。短いやりとりで連携を確認して、二人はわたしに賭けてくれた。
鉛玉に撃ち抜かれた怨嗟のドクロたちが霧散する。ほんの一時的なものではあるだろうけれど、怨念でも人の思念だから撃たれれば死を認識するのだろう。怨嗟の弾幕に隙間ができる。
「舌を噛まないように」
注意事項を伝えられる。バカみたいに空いていた口を閉じる。
およそ人の速度とは思えない速度で、怨嗟を掻い潜るようにロアさんが走る。
怨念でできた手榴弾が、目の前に投げられる。
ロアさんが身を低くした。わたしのスカートが地面に擦れるのが分かるほど、低く。
憎悪が爆発する。背中にそれを受けながら、わたしをかばいながら、それを潜り抜ける。
「だ……大丈夫ですかっ?」
「大丈夫だ、問題ない」
あっさりと言うけど、そんなわけないでしょうに。
さっきの爆発、わたしにはなんの衝撃も来なかった。全部ロアさんが受けたのだ。それだけ強い防御スキルを持っているのかもしれないけれど、あの至近距離で受けたのだから無事ですんだとは思えない。
「アネッタ殿、準備を」
なのに、彼は苦痛をおくびにも出さず駆ける。
また大きな銃声が鳴った。マルクさんの援護射撃。
黒い霧でできた軍隊の壁に道ができる。
うずくまるトルティナの姿が、見えて。
手を伸ばす。
少女に触れる。
スキルを発動する。
とぷん、と精神世界に入る。
頭の後ろがビリビリと痺れた。全身がバラバラになりそうなほどの傷み。手足の感覚が鈍くて視界がチカチカする。精神世界だから本当の肉体ではないのだけれど、痛みや不快感はすごくリアルだ。スキルなんだからもっと都合よくしてほしい。
剥奪スキルは落ち着いて使わないとこうなる。
大丈夫。たぶん、ギリギリ上手くいった。
視線を巡らせる。相変わらず薄暗いけれど、目的のスキルはすぐに見付かった。
なにせ気持ち悪い黒い靄が渦巻いている。
「これを剥奪すれば――」
痛みと痺れに耐えながら、近寄って手を伸ばす。その手に靄がまとわりつく。わたしを押し返そうとする。――でもそれは、意外にも弱々しい抵抗で。
きっと、それは嘆きだった。それは懇願だった。それは悲哀だった。
蹂躙された者たちの悲嘆。わたしにはその靄が滂沱の涙のようにすら思えた。
ロアさんの威圧スキルを剥奪したとき、あんなスキルをあそこまで磨かなければならなかったのか、と哀しい気持ちになった。
これはそのスキルに圧し潰された人たちの嘆きなのだ、と改めて理解する。
「それが、戦争なんですね」
黒い靄に呟く。
「でも、トルティナさんを苦しめていいはずがありません」
問答は無用だった。迷いはない。
わたしなんかじゃすべてを救えない。そもそも救うだなんておこがましい。だからせめて自分にできることを、自分の正義のために。
きっと……ロアさんはそうしてきたのだろうと、思いながら。
スキルを剥奪する。