怨嗟の銃弾
えーと、つまり、どういうことだろうか。
以前、ロアさんは現役の軍人だと言っていた。
おそらく戦争の中で強力になりすぎてしまったのだろう、威圧スキルを除去しに剥奪屋に来た彼は、戦争のゴタゴタが終わって落ち着いてきたという話をしたと思う。きっと一年前の南部戦線を経験したのだろう。
上官として部下を率いる立場だった彼はかなりの死線を潜り抜けたはずだ。
そしてトルティナが発している呪術スキルは誰かに干渉されているのが明らかで、それは南部戦線の敵の兵隊さんたちの姿を形作って、今ロアさんへ一斉に害意を向けている。
うん。なるほど。わたしはすぐ横に立つロアさんの顔を見上げる。
「………………呪術スキルは、怨念とか怨嗟とかと相性がいいのだろうな」
でしょうね。
「いろんな条件が重なってそうですけどね。たとえば今まではパッシブ威圧スキルのせいで遠巻きにするしかなかったけど、それが剥奪されたからこうして遠慮なく近寄れたとか!」
「怨念でも人の思念だからな、精神干渉系のスキルは有効かもしれん。だからこのタイミングで一気に来たというのは、あり得そうではある!」
本来なら小出しだったはずのものが一気に来てる、ということだろうか。たしかに今トルティナを中心に渦巻いているのは集合体みたいな感じだ。
「どう考えてもコレはどの勢力とか関係なくサーの自業自得ですよ。戦場でアンタに蹂躙されてきた者たちの恨み辛みでできた煮こごりですって。だってそれはもう、先の戦争じゃ威圧スキルで好き勝手やってましたからね!」
「人聞きの悪いことを言うな。好き勝手やってたのは私を兵器扱いしていたお前らだろうが!」
「ヤだなぁ、主犯はグレスリーさんですよ。俺ら小者はアンタらの影に隠れてイキリ散らしてただけですし? まあたしかにサーのケツ蹴り飛ばして最前線に立たせてたんだから同罪かもしれませんが、敵からしてみればそんな事情分かるはずないですからね。恨みが全部サーに向かうの当然でしょう」
どうやらロアさんは南部戦線で、いろんな意味でそうとう酷い戦いをしてきたみたいだ。……というか話からしてこの人たち、やり方はともかく戦場の最前線ですごい活躍してきたのではないのか。
それこそ、あれほどの怨念を向けられてもおかしくないくらいに。
「――失礼、アネッタ殿!」
フワッ、と身体が浮いた。気づけばロアさんに抱きかかえられていた。
「え、え?」
ロアさんの顔が近い。身体が密着している。これはお姫様抱っこというものだ、と理解するのが一拍遅れる。
その一拍の間に、ロアさんが高速で走る。
「つまりトルティナ殿のスキル行使が、私に向けられた怨恨のエネルギー的なものがカタチを持つトリガーになったと、そういう理解でいいと思うか?」
「そんな感じでしょうとも! いやぁ、あんないたいけな少女の呪術なんて、どうせちょっとしたおまじない程度だったでしょうに! こんな災厄級の迂闊に処理すらできない危険物に関わって戦争の地獄を降臨だなんて、なんて可哀想な話なのですかね!」
「それは誠に申し訳ないが、お前いつか不敬罪でシバくからな!」
自分たちが一瞬前までいたところへ、怨念の銃弾が雨のように降り注いだ。もう呪いの域を超えているのか、着弾音とともに土埃が舞う。
「つーか、実際どうするんですかアレ。言っておくけど俺はなんにもできませんよ! なんせ魔術系の座学は居眠り常習犯だったんで、ガチでサッパリですからね!」
銃口から逃げながら併走するマルクさんは内容に反してかなり焦ったしゃべり方で、なんだか余裕があるのかないのか分からない。もしかしたらこれが素が出てる状態なのかもしれない。
「私もなにもできん! トルティナ殿を殺していいなら話は別だがな!」
「いいわけないでしょうが人間兵器がよぉ!」
本当に良くないからやめてほしい。
でもそうか、たしかにそうだ。この人たちは軍人で、戦争経験者で、だから物騒な解決法しか知らないのだ。そういうスキルしか持っていない――いや、一つ。平和的ではないけれど、物騒だけど、ロアさんはこれを解決できそうなスキルを持っていたか。
威圧。さっきのマルクさんの推測が正しいなら、威圧スキルは怨念たちにも効くハズ。またスキルを戻すことになるけれど、この状況なら試す価値はあるのではないか。
「ていうか威圧スキルが効くかもしれないなら戻せばいいんじゃないですか! あの他人をゴミみたいに見てるカス野郎のクソスキルで全部圧し潰してくださいよ!」
「戻す気ないから家に置いて来たわゴミ部下野郎!」
マルクさんのせいでロアさんの精神がどんどんやさぐれていく。
でも、そうか。威圧はないんだ。
じゃあ、やっぱり、こうするしかない。
「……わたしを、トルティナの元へ連れて行って下さい」
怨嗟の銃弾が雨あられと降り注ぐ。手榴弾が立ち枯れた葡萄の木を吹き飛ばす。折り重なる骸骨たちがおどろおどろしい声を上げる。
あんな中をわたしが向かっても、一秒だって生き続けることはできないのではないか。
でも、それでも。
「わたし、できます。あの現象を中断させられますから、お願いします」