元果樹園
「やはり呪術系ですね。ですが生粋の術士スキルではなさそうです」
鼻歌まじりに運転しながらマルクさんは右手の人差し指で自分のこめかみをトントン叩いて、取得したばかりのスキルをそう分析する。
どうやらサーチを試用しているようで、こめかみを叩くのはたぶん彼がスキルを使うときの癖なのだろうけれど、できれば今は運転に集中してほしい。わたしは自動車に乗ったのは初めてだから、正直少し恐いのだ。
「生粋ではないとはどういうことだ?」
「ガチな本物ではなさそうだ、という感じでしょうか。呪術っぽい嫌な感じはあるんですが、思っていたより薄いです。それにこういうのって呪文とか唱えるんでしょう?」
そういえば、たしかに魔法ってそんなイメージだ。
魔術スキルはちゃんと訓練して、呪文とか儀式とかの決まった手順を踏んで発動するもののはず。
「俺は魔術系全般サッパリですが呪文なしで使えましたし、厳密には術というよりは直感系のスキルに該当するんじゃないでしょうか」
「呪術のようなスキルがたまたまトルティナ殿に発現しただけ、ということか?」
「あるいは、呪術系のスキルを学ぶ内に発現した類似スキルかもしれませんね。なんにしろ俺は便利に使えるからいいですけどね」
「お前、それ返さないつもりだろう」
まあトルティナは捨てるつもりでサーチのスキル石を置いていったのだろうから、返してもらわなくても問題はないとは思うのだけど。
しかし、厳密には呪術ではない、か……。それはちょっと意外だけど、よく考えたら他の呪術系スキルを見たことがない。たしかに決めつけていただけかもしれなかった。
マルクさんが運転する自動車はどんどんと来た道を戻っていって、もうすぐわたしの家が見えるのではないか、というところで突然曲がる。
「マルク。本当にこちらなのか?」
ロアさんが確認するのも無理はない。大きめの真っ直ぐな通りから、細い横道に入った。普通なら明らかに間違わないだろう。
「どうでしょうね。なにしろ初めて使うスキルですから、これで合っているかどうかは分かりません。多少のズレはあるかもしれない。ちなみにアネッタさん、この先にはなにがありますか?」
「……しばらくは民家が並んでいますが、すぐにまばらになります。もう誰も管理していない果樹園があるくらいでしょうか」
わたしの家はピペルパン通りの端っこで、ここから先は旧市街の外れになる。そもそもあまり人が住んでいなかった土地だ。たしかけっこう広い果樹園があったけれど、わたしが子供のころにはすでに荒れていたと思う。
だからこそ、この先にいる。ほとんど確信して、胃がキリキリと痛む。
気のせいだったらいい。
ただ道に迷っているだけなのかもしれない。
けれど、わたしは数々の悪い予感を当ててきた。
「この先ですね。近いですよ」
マルクさんがエンジンを止める。ここから先は元果樹園……誰も管理していない今はもう雑木林みたいになっていて、一応歩いて通れそうな道はあるけれど狭くて車なんか通れそうにない。
こんなところに入って行ったのか。いくらなんでもこの先は違うと分かりそうなものだから、迷っただけなら引き返すだろう。そのセンは消えた。
「これは、早くも使ってますかね」
「そうだな。一応警戒はしておくか」
自動車から降りた二人が元果樹園を眺めて、意味深な言葉を交わす。
「なにを警戒するんですか?」
わたしも車から降りた。地面を踏みしめるだけで少し安心できる……けれど、今の短いやりとりが意味不明で、けれどさらに黒いモヤが心にかかるようで妙に気になった。
「ああ、そういえば詳しい話はしていなかったな。トルティナ殿は私の髪の毛を一本、所持しているのだ。サーチのスキルも呪術系スキルだったようだし、おそらく媒介にでもするのだろう。これからすぐに、あるいはすでに、私の肉体か精神への攻撃が行われるかもしれない」
初耳だった。だから彼らはトルティナを危険視していたのか。それはたしかに警戒に値する。
もしトルティナが本当にここで呪術を発動する準備をしているのであれば、ロアさんの身に危険が及ぶのも時間の問題だ。
そして、それは――
「……急ぎましょう」
「いや、大丈夫だ。私はこれでも軍人だから、魔術系への耐性くらいは持っている。あんな少女の呪術程度で倒れるほどヤワではないよ。わたしのことは気にせず、ゆっくり確実に距離を詰めればいい」
「いいえ。ロアさんのことも心配ですが、もっと心配なのはトルティナの方です。彼女にスキルを使わせてはいけません」
わたしは断言する。
分かる。分かってしまう。どうしようもないくらいに、上手くできない自分が嫌だから。
「呪い返しのことですよね。たしかに遠距離の呪術系は対象との縁をパスにするので、防がれると自身に効果が返ると言われています。……ですが、攻撃してくる相手のことを案じて拙速になるのはいかがなものかと」
「そうじゃないんです」
いや、呪い返しなんか知らなかったから考えていなかっただけで、それも心配だけれど。
でも違う。そうじゃない。
「トルティナが呪術を使っているとして、成功するか失敗するかは関係ありません。結局彼女は、なかったことにしようとします。――彼女の新しいスキルで」