スキルは鏡ならば
「え、えっと。その、これはわたし自身の場合はであって、トルティナさんのことだとは……」
慌てて言い訳する。もう遅いかもしれないけれど、しないよりはマシ。
胃がキリキリと猛烈に痛んだ。絶対に、完全に、これが終わったら胃の中のものを全部吐くだろう。それはいい。でもせめて終わるまでは保ってほしい。
「まあアネッタは本当にわけが分からないよね。バーベキューに誘ってもなかなか来ないしさ。せっかくうちの店からいい肉たくさん出すって言ってるのに、まったく遠慮がちなんだから」
リレリアンは本当に黙っていてほしい。
というか軽快に笑うけれど、彼女が主催するバーベキューなんて人が多すぎて身が持つはずがないではないか。前に一回だけ行ったときは途中で逃げ帰ったほどだ。
どうせ後で食べたもの全部吐くことになるだろうし、食材がもったいない。
「なるほど、スキルは鏡、ですか」
黒髪に黒いワンピースドレスが似合うお人形さんのような少女は、必死に言いつくろおうとするわたしも、カラカラと笑うリレリアンも見ていなかった。小さい唇に人差し指の背を当て、じっと下を向いてなにやら考えている。
一見して、そんなに機嫌を悪くしたような感じではなさそうだ。安心はできないけれど、どうせ後で思い返して煩悶とするのだけれど、とりあえず今だけは胸を撫で下ろす気分。
「どんなスキルでも異物などということはあり得ない。スキルはどこかから来るのではなく、自分の内から出ずるものだ――と、そういう理解でよろしいのですか?」
「あの、ですのでそれは……」
「いいえ。貴重なお話が聞けたと、トルティナは思うのです」
思ったよりも真剣な声。
わたしの話のどこに、そんなに感心するほどの貴重さがあったのだろうか。そもそもあれは、わたしの経験則でそう感じているというだけの話だから、本とかに書いてあることではないのだけど。
「意外に有用な……いえ、期待していた以上に貴重なお話でした」
今、意外にって言った!
やっぱりトルティナは最初から、わたしの話になんかなんにも期待していなかったような気がする。彼女が今日ここに来たのは昨日恋したロアさんのことを知るためであって、でも運悪く来る途中でリレリアンに捕まったから、剥奪屋に行くところだと嘘をついただけ。スキルについての話は後づけの理由に過ぎない。
そもそも因果律操作スキルを伸ばす方法だなんて、興味すらなかったのではないか。
「ありがとうございます。少し、このスキルのことが分かった気がすると、そう思うのです」
けれどそれにしては、少女は深々と頭を下げた。
それから優雅に、しっかりと身についた所作で紅茶を飲む。……わたしの付け焼き刃のマナーなんか比べものにならないだろうそれは、けれどどうしてか、寒さに弱った蝶のように儚く見えた。
「リレリアンさんにも感謝しています。道に迷ったトルティナを送ってくれて、おいしいお菓子まで戴いてしまって」
「アハハハハ、気にしない気にしない。道案内なんてただのついでだし、クッキーも貰い物だからね。たくさんあるから、むしろ食べるのを手伝ってもらった方がアタシの健康にいいってもんさ」
やっぱりクッキーは貰い物だったらしい。ここには配達のついでで来たと言っていたから、もしかしてその配達先でもらったのだろうか。
「それでは、トルティナはこのあたりで帰らせていただきます。剥奪屋さん、お時間をいただきありがとうございました」
トルティナは立ち上がって、黒いフリルがたくさんついたスカートの両端を摘まんで一礼する。
「えっと……まだスキルの伸ばし方についてお話ししていないのですが」
「だいたい分かりましたので、大丈夫です。それでは」
あれでなにが分かったのだろうか。もしかしてやっぱりスキルについては興味なくて早々に帰りたいだけなのではないか。
分からないけれど彼女は満足したようで、ニコリと笑って踵を返す。
――ああ、この子は嘘がヘタなんだな、って。その笑顔を見て理解した。
「帰り道は分かりますか?」
その背に声をかけると、ピタリと彼女の脚が止まる。
「ええ、もちろん。ご心配ありがとうございます」
玄関の扉の前で肩越しに振り向いた彼女は、そう答えて扉を開ける。玄関の外へ出て、ゆっくりと扉を閉める。
その後ろ姿がひどく寂しそうに見えた。
「リレリアン」
閉じた扉をじっと眺めながら、わたしは友人の名を呼ぶ。
ちょうどクッキーを口に入れたところだったのだろう。ボリボリと噛み砕いてからゴクゴクとお茶で流し込む音が聞こえて、それから返事。
「なんだいアネッタ?」
「自分が原因の結果をなくしてしまいたいときって、どんなとき?」
気が急いてしまって、被せるように聞く。
つまりはそれが、彼女の因果律操作。自分で濡らして湿気ってしまったクッキーを元に戻せる、あったことをなかったことにできるスキル。
「そりゃあ決まってるよ」
その問いにわたしの友人は、なにを当たり前のことを、と肩をすくめる。
「取り返しがつかない失敗をしたときさ」