言えるものか
初めて威圧スキルが発現したのは、軍に所属してから。
王族であり士官学校首席という鳴り物入りの自分に与えられた部下は、表面上で真面目なフリをしただけの無能たちだった。
王族を守るという建前で安全圏から動こうとしない怠け者。ゴマをすれば出世できるのではないかと勘違いするバカ。勝手に私の名を使って軍上層部に特別待遇を要求した不届き者までいた。
怒りと共に発現した威圧で、すべて黙らせた。
結果として、部下たちはみな私の元を離され最前線送りになったらしい。どうやら王族を怒らせるのは罪になるそうだ。
それからグレスリーが参謀について、マルクとミクリたちが部下についてからは、遠慮なく自ら前線に出るようになった。上や他部隊からの忠言には圧で返答したものだ。兵器扱いだったのはさすがに文句があったが、後方で無能の相手をしているより前線で銃弾の雨を相手している方が何倍もマシだった。
威圧で止めて、制圧する。
おそらく勅令やカリスマ的なものの亜種、あるいは原種なのだろう。ロイヤル・スキルとして顕現した私の威圧は規格外に強力で、その単純な作戦は単純だからこそ有効だった。
なにせ雑に全力で発動するだけで敵が無力化する。背中を見せて退却する。そうでなくても動きが鈍る。
私の部隊が参戦した戦場は戦果を挙げ続け、私自身が軍部で大きな発言権を持つまでそうはかからなかった。スキルランクは加速度的に上がっていきすぐに制御できなくなってしまったが、最終的には戦争を終わらせる一助になれたのだから安いものだろう。
「おかげで余計な面倒も増えたが」
自分用と客用、二つのティーカップを洗いながら、思わずため息と独り言が出る。
軍部や軍部に関わりある貴族、有力者などに次の王として期待されるまで活躍してしまったのは、さすがにやりすぎだったのだろう。中央区では英雄扱いまでされている始末だ。この若輩には荷が重い称号である。
まあ大貴族のご令嬢との縁談が不可抗力によって破談になってしまい、彼らの思惑は最初の一歩でつまずいているのだが。とはいえあれで完全に諦めて貰えたかどうか。
「……威圧の隙間を埋める、次のスキルか」
洗い終わったティーカップを食器棚に戻す。
スキル剥奪屋には思いつかないと言ったが、本当はあった。本当に漠然としたものでしかなかったが、たしかにあったのだ。
目の前にいた少女を見て、それを思いついた。
けれどそれを口にするなど、できなかった。できるはずがなかった。敵味方関係なく圧し潰してきたから。
威によって圧し潰した。圧し退けてきたし、圧して通ってきた。
何人殺しただろうか。何人をないがしろにしただろうか。まったくもってやりたい放題やったものだ。私に王の器を見出した者たちのなんと見る目のないことか。とっくに暴君だろうに。
「言えるものか」
あのスキル剥奪屋は、さっきまでテーブルを挟んでいたあの少女は、あれほどに強力なスキルを持ちながら……それをただ、人のために使っていた。
そんな、誰かを救える人間に憧れて。誰かの助けになれるようなスキルがいいと思いついて。
血と硝煙と恐怖に塗れた威圧の隙間を、そんな美しいもので埋めたいだなどと言えるほど――このロア・エルドブリンクスという悪辣は、恥知らずではなかったのだ。
「トルティナは新しいスキルについて相談にきたのです」
嘘だ。
相手の心を読むとか、虚偽を聴き分けるとか、そんな便利なスキルは持ってないけれど、こんなの誰が聞いても分かる。だってそっぽを向きながら言われても信じる気になれない。
「あー、新しいスキルね。あれ失敗すると大変なんだ」
分からないのは、すべてにおいてガサツなわたしの友人くらいだろう。
わたしの家で、わたしたちは低いテーブルを囲んでソファに座っていた。いつものスキル剥奪をする場所だけれど、今回は水晶も香もなし。代わりにテーブルの上に置かれているのは人数分のお茶とお菓子だった。
「アネッタの剥奪スキルが発現して、最初に実験台になったのがアネッタの姉ちゃんとアタシだったんだけどね。なにせスキル剥奪したら次のスキルが取得しやすくなる、だなんて全然分かってなかったから、そのまま普通に過ごしちゃったんだよ。まさかお肉解体で身につけた筋力増強スキルが進化して、腕だけ博物館の英雄像みたいになるとは思わなかった!」
「あのときはごめんなさい。危うくリレリアンをお嫁に行けなくしてしまうところだったわ」
「アハハハハッ、むしろあっちのままの方が貰い手あったかもね! 中央区のお貴族様たちの間じゃニッチな趣味が流行って話だし!」
お茶菓子を持ってきてくれた友人がカラカラと笑ってバンバンわたしの背中を叩く。彼女があのスキルを手放してくれてよかった。でないと今のでわたしは死んじゃっているだろう。
というか、リレリアンはちゃんとモテるからそんな需要を狙わなくていいと思う。少なくともスラッとした細身の長身にムキムキの腕が生えていたあの姿は、ニッチの域を超えていたし。
ふぅ、とわたしは一息吐いて、できるだけゆっくりとした所作でお茶を飲む。まだ口の中に残っていたロアさんのお茶の苦みが緩和されていく。
正直今日はもう限界だし今すぐ布団に潜ってウジ虫のようになりたいけれど、リレリアンならまだマシ。細かいことをまったく気にしない彼女なら、わたしの精神も少しは楽に話せる。
まあ、だからといって一刻も早くこの状況を終わらせたいのは間違いないのだが。
「それで、トルティナさん。新しく取得するスキルの相談とは、具体的にはどういうものでしょう? 便利で習得しやすいオススメのスキルの紹介でしたら、いくつか考えつきますが」
ティーカップを置いて、わたしは本題に入る。ロアさんの場合は剥奪したスキルが強すぎたせいでかなり困ったが、トルティナのサーチスキルは決して強力なスキルではなかったから相談に乗れそうだ。
……もっともスキルについて話に来たというのはトルティナの嘘で、本当はロアさんに会いに来たのではないかと疑っているのだけど。
「いいえ」
けれどトルティナは首を横に振る。そして。
「新しいスキルはすでに発現しているのです」
そんな、耳を疑うようなことを口にした。