スキル依存症
「ふむ……それでは、私は失礼しよう。剥奪の成功を祈っておくよ」
ロアさんもトルティナの様子は不自然だと感じたのだろう。なにか事情があると思ったのか、涼やかな挨拶と共に退出する。
彼は道案内しただけの部外者だ。わたしの客のプライベートの部分まで聞くわけにはいかないと思ったのだろう。そつがないことだ。
……いや、もしかしたらわたしが迂闊だっただけかもしれない。話はロアさんが帰ってからするべきで、これは気を遣わせてしまったということではないのか。早くも胃がキリキリと痛みはじめてきた。
「あ……」
トルティナが控えめな声をあげて、ロアさんが出て行った玄関へ目を向ける。同時に、扉がパタリと閉まる音。
「どうしましたか?」
「……いえ。案内していただいたのに、お礼を言うのを忘れてしまいました」
ああ、なるほど。
彼はそういうのは、あまり気にしなさそうな印象があるけれど。でも分かる。わたしも相手が行ってしまった後に思い出して後悔してすごく気になってどんどん気分が暗くなっていくことが多いから、彼女がシュンとした顔をしている理由がよく分かる。
「お隣に住んでいる方ですので、わたしからトルティナさんが感謝していたと伝えておきましょう」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
深々と頭を下げてお願いされてしまう。どうやらとても礼儀正しい人らしい。……これは、今度会ったら本当にちゃんと伝えなければならないな。
でも、他人のお礼ってどうやって伝えればいいんだろう。話し方をしっかり考えておかないと、また吐くことになりそうだ。
「それでは、こちらでまずはお話を聞かせて下さい」
憂鬱な未来から仕事へ目を逸らすように、トルティナを奥に案内する。
向かい合ったソファの間に、低いテーブルが置いてあるスペース。わたしの仕事場。
トルティナがソファに座ってから、わたしも向かいに座る。いつもの水晶をテーブルに置いて、香を焚く。
「スキル剥奪はなるべくリラックスしていただいた方がやりやすいので、まずはゆっくりと深呼吸して落ち着いてください」
「は……はい」
トルティナは少し緊張している様子で、何度か深呼吸する。……瞼を閉じると長い睫毛が震えるのがよく見えた。
ふわっとした黒いワンピースドレスもあいまって、本当に可愛らしい人形みたいだ。
「そして剥奪には、無くしたいスキルの詳細な情報が必要です。よく知らないまま行うと別のスキルをとってしまったり、完全に除去できなかったりすることがあります。なのでなるべく細かく、取り除きたいスキルについて話していただけますか?」
「わ、わかりました」
促すと、人形のような少女は少しだけ躊躇してから、意を決したように話し出す。
「その、剥奪してほしいスキルは、サーチ、です。対象は人限定で、トルティナが見たことがある御方であれば方角と距離が分かります」
道に迷っていたからロアさんが案内した、という話だったのに、サーチスキル持ちな意味が分かった。会った人の位置が分かるだけなら、たしかに知らない土地で行ったことのないお店を探すのには向かない。
しかし万能なサーチではないにしろ、今の説明の限りでは便利なスキルだ。待ち合わせに役立ちそうだし、誰かと出かけてはぐれたときも安心である。
「……それは常時発動しているものでしょうか? 道ですれ違っただけの人でも居る場所をずっとスキルが知らせてくる、といったようなものとか?」
常時発動のパッシブ型なら、スキルが周りに害を与えたり所有者の精神を蝕むこともある。
実際、いろんな人の居場所がずっと頭に送られてくる、みたいな状態になったら精神的に病むだろう。少なくともわたしは病む。だって興味ない。
「いいえ。分かるのはトルティナが探したいお相手のみですし、トルティナの意思でいつでも止めることはできるのです」
……それは、本当に便利なだけのスキルなのでは?
たとえば、使用すると代償がすごいスキルの存在も聞いたことはある。自分の指を一本切り落とすことで発動する、なんて背筋がゾワッとなるほど恐いものだってあるらしい。
でも、たとえどうしようもないハズレスキルであっても、代償や反動がすごいスキルであっても、自分の意思で制御できるのであればわざわざ剥奪する意味はない。使わなければいいだけだからだ。
「分かりませんね。優秀なスキルだと思いますが、トルティナさんはどうしてそのサーチを除去したいのですか?」
「……その、使用してしまうからです」
使ってしまう?
「つい先日まで……トルティナには好きな人がいたんです。すごく、好きな人が。トルティナはその人が好きなのでなんでも知りたくって、その人が今はどこに居るんだろうって、気づけば無意識でスキルでサーチしてしまうようになってしまって。でも、そんなの覗き見とか監視と一緒ですよね? だからその御方に気持ち悪いからやめてくれ、と言われてしまって。そうしたら、このスキルがすごくおぞましいものだと思えてきてしまって。……でも、また好きな人ができたら、トルティナは同じことをしてしまうのではないかと不安なんです」
「ああ……そういうことでしたか」
強力だったり便利だったりするスキルを所持すると、所有者がそのスキルに頼りきってしまうことがある。
スキル依存症と言うらしいが、トルティナの場合はその好きな人のことを想うあまり、サーチを使って居場所を把握していないと不安になってしまう状態にまでなってしまったのだろう。
便利なスキルも考え物だ。……わたしも剥奪スキルを仕事にしているし、それ以外になんにもできないから依存しているようなものかもしれないけれど。
「そういうことでしたら、分かりました。お力になれると思います。――ですが、本当によろしいでしょうか? おそらく日常でも使用していたスキルでしょうし、不便になることもあると思いますが」
わたし自身に方向音痴のきらいがあるからだろう。少し心配になってしまって、確認する。
トルティナはここに来るまでの道中で道に迷っていたらしい。わたしはそれを、もしかしたらスキル依存の弊害の一つなのではないかと疑っていた。
彼女のサーチは人を探すものだけれど、たとえば知り合いに会いに行くなら、知らない土地でもサーチ便りに歩けば辿り着けるだろう。あるいは遠出して道が分からなくなってしまったときでも、自分の家族や隣人をサーチすれば帰りの方角は分かるはず。
そんなふうにも便利なサーチに頼っていたとしたら、彼女はまともに地図を読むどころか、来た道を覚えておく習慣すらない可能性がある。
――つまり、うかつに剥奪すると酷い方向音痴になってしまうのではないか、という心配だ。
「はい……大丈夫です、よろしくお願いします」
本当に分かっているのだろうか。でも、帰りの道は分かりますか、なんて聞くの失礼かもしれない。
心配だから、剥奪が終わった後は大通りまで案内した方がいいだろうか。
「分かりました。それでは剥奪させていただきますので、右手を出してください」