お客さん
隠居なんて齢十六で口にする言葉ではないと分かっているけど、これがわたしの切実な願いで、夢。いつか叶えたい将来の夢だ。
もっとも山奥で生きていく能力なんかないので、僻地に小さな家を建てて一人暮らしが理想だろうか。人を雇って七日に一度くらい生活に必要なものを届けてもらい、玄関の外に置いておいてもらう生活がいい。それならわたしは家の敷地内から一歩も出ず余生を過ごせる。大好きな本をひたすら読みふけったり、ひたすら縫い物に集中したり、誰の目をはばかることなく一人でカードの絵合わせゲームに興じたりできる。
まあ……それをするには、もっともっと稼がなければいけないのだけれど。
コンコン。
ノックの音がした。玄関の方からだ。うぇ、と表情が歪んでしまい、目をギュッとつぶって頬を叩いた。
お客さんだ。ちゃんと対応しなければ。
「はーい、今行きます」
人付き合い用の、高めの声。この声のとき、わたしは自分ではないわたしを演じる。どうしようもない人嫌いだけれど、人と関わらずに生きていく術なんか知らないから、これを身につけるしかなかった。
さてと。心の準備をしよう。今回のお客さんはどんな人だろうか。わたしはなるべくゆっくり、玄関へと向かいながら考える。
コン、と、コンの間隔が短い。せっかちさんだ。けれど乱暴な音ではなく、しつこく何度も叩かないのは礼儀正しい。知り合いなら扉越しに声をかけてきそうだから、たぶん知らない相手だろう。
きっとこの店の噂を聞いてやってきた初見さん。ならそれらしく振る舞わなければ。
……なんて、普通の人ならばこんなこと考える前に、扉を開けるのだろうけれど。
背筋を伸ばして、口元を微笑ませて、瞳に余裕と自信をたたえる。そう、小説に出てくる、水晶の球を持った占い師のような感じで。
大丈夫、演じるのは得意。初対面の印象は大事だ。絶望的に人嫌いでも、接客業なのだからしっかりした雰囲気を出さなければいけない。
だって、わたしはこの店の店主。ピペルパン通りの――
「スキル剥奪屋、というのは君か?」
扉の外にいたのは見上げるほど背の高い、黒いフードを目深に被ったもの凄く目つきの悪い恐い男で。
口元も布で隠していて、フードと同じ黒の外套に包まれた身体は隠されているのに筋肉質なのが分かって。
ジロリと睨み付けられて、目が合ってしまって、ザアっと血の気が引いた。
ああ、この感覚は……知っている。強制的で、心臓を鷲づかみにされるような、身体の芯まで冷たくなって奥歯がガタガタと鳴り出すこれは、精神干渉系の――
ブツリと糸が切れたように、わたしは気を失う。