王への謁見
連絡があった。
天啓のもたらす予知により、次兄に連れていかれたアネッタ殿は白蘭宮へと向かっているとのこと。アレがなにを考えているかまでは分からないので、姉上自ら出迎えてくれるそうだ。
場合によっては次兄を拘束しアネッタ殿を保護も視野に、それができなくとも目を光らせておいてくれるらしい。
「それってつまり、ソーロン王子とセレスディア王女が揃うんですよね。ヤバい王族とヤバい王族のコラボレーションじゃないですか。同席するアネッタさんに同情するんですが」
「私だってあの二人を同時に相手すると胃もたれするがな。あの口が回る次兄を相手にどうこうできるのは姉しかいないだろう」
「アネッタさんの胃が通常より強いことを祈るしかないですね」
マルクの運転で中央区へ向かう。
この黒塗りの自動車は市井で生活するにあたり用意していた非常時用の移動手段であり、そう気軽に使う物ではない。だが今は非常時だ。もっとも早く王宮へ着く手段である以上、使わない理由はない。
「でも、王宮に行ってるならソーロン王子は少なくともアネッタさんに危害を加える気はなさそうですね。そこは安心なんじゃないですか?」
「あの場所に連れて行ったということは、なんらかの行動を起こすつもりなのは間違いないだろう。彼女を利用しようとしている可能性が高い。スキル剥奪の悪用を考えているとすれば、悪くすればそのまま牢屋行きだぞ」
「他の王族のロイヤルスキルを剥奪したりとかですか? それを自分で使えば、あの人もロイヤルスキルを持てますし。でも、そこまで直接的なことをしないから、ほぼ黒でも今までのらりくらりと見逃されてきたんじゃないでしょう」
「今回もそうだとは限らん」
マルクの言いたいことは分かる。落ち着けということだろう。
私は冷静さを欠いている。まんまと策に嵌められ、次兄がなにかすると分かっていながら彼女から目を離した。その後悔がザリザリと脳を削っている。平常心ではいられない。
「そういえばですけれど、王宮は久しぶりですね」
マルクがハンドルを切りながら話題を変える。外の景色が変わって、歴史を感じる建築が少なくなっていた。入り組んでいるところも多いピペルパン通りと違って区画整理もかなりしっかりされているようで、中央区に入ったのが分かる。
人通りも多いし道の向こうからは馬車も来ていたから、大通りは避けたか。
「前に来たのはセレスディア様の件でしたっけ? 脱走未遂を繰り返すのでなんとかしろって勅命で、解錠のスキルをアネッタさんに剥奪してもらうしかないってなって、あのデカい箱を受け取りに行ったとき。中身は別人でしたが」
「あのときも王宮内には入っていないがな」
威圧スキルの制御ができるまでは王宮には戻らないという名目で、私は市井に降りている。だからあのときも、正門前であの箱を受け取った。
だが今回はそうもいくまい。王宮内に踏み入ることになるだろう。もう建前は使えなくなるかもしれない。
それでもいい。建前を利用されてこの事態になったのだ。隙でしかない。
「そういやあれ、今でも分からないんですけど、なんで解決を自分たちが任されたんですか? 自分たちは軍部の所属ですし、市井にいたんですよ。王宮のことは王宮の人らがやればいいのに」
「……父もアネッタ殿のスキル剥奪屋について、あのときにはすでに知っていたということだろう」
「父に謁見と言うがね、いかに王族であってもそう簡単に会えるものではないですよ、兄様。どうせ約束も取り付けていないのでしょう?」
「そりゃあ今日思いついたことだからね。連絡もしていないさ」
正門から建物までかなりの距離があった。それだけで疲れてしまうくらい歩いて、視界に収まらない巨大な建築物に膝が震えた。わたしなんかが立ち入っていい場所じゃないと逃げ出したかった。けれど二人の王族に挟まれてそんなことはできなくて、連行されるように中へ入った。
天井が高い。
白蘭宮に入ってそんな感想を持った。柱や壁に施された精緻で美しい彫刻も、飾られた美術品たちもあったけれど、なによりもまず圧倒されるのは規格外すぎるスケール感だ。
「白蘭宮は上から見たら四つの花弁を持つ花のように見えるんだけど、王族の居住区は基本的には中心の辺りの小さな範囲でね。四つの花弁のほとんどは王室勤めの者たちのテリトリーだ。住み込みで働いている使用人の部屋だったり、お抱えの学者や芸術家の書斎や工房、大臣や貴族や他国の客人を泊めたりもてなしたりする部屋もあって、それぞれの花弁で大雑把に区分けされている。……妹は中心部じゃなくて学者たちのエリア、王宮図書館の前の部屋に陣取っているけれどね」
「妾も学者の末席ですから、あの区画に部屋を持つことはなにもおかしいことはありません。……ちなみに近衛兵たちの寝所は宮廷庭園の外柵近くの別棟になる。王宮内には最低限の警備以外の武力は存在しない、という建前があるからな」
ソーロン様とセレスディア様が王宮について説明してくれる。……二人の王族から直接、しかもわたしだけに解説してくれるだなんて、なんて贅沢。
つまり四つの花弁の一つ一つが、役割と性質が違うグループになってるってイメージでいいのだろうか。
たしか、わたしたちが入ったのは左側の花弁の先端近くだった。多分奥に行けば行くほど偉い人の場所だと思うから、この辺りは使用人さんたちの居住区とか? いや、そういう場所はむしろ見えない隅の方にありそうだから、お客さんをもてなす応接室があるエリアかも?
「この辺りはどういった人たちがいる場所なんでしょう?」
聞いてみる。これから王様に会うことになるかもしれないなんて、そんな大それたことから少しでも意識を逸らしたかった。
ああ……でも、ここが大貴族たちをもてなしたり泊めたりする場所だよ、なんて言われたらどうしよう。なんでこんなみすぼらしい平民の女が歩いているのだ、なんて見咎められたりしないだろうか。靴についた土粒で床が汚れるだけで斬首刑にされてしまうのではないか。
「この辺りはお抱えの美術家や工芸家たちの縄張りさ。その壁の彫刻も、そこに架かった燭台も、あの天井画だって彼らの作品だよ。庭園に並んでた彫像とかもね」
「さきほどの見せた妾の噴水も、オブジェ部分は彼らの力を借りている。明確な正解のない芸術センスについては天啓もあまり役に立たないからな」
ああ、芸術家さんたちの場所かぁ。それなら貴族とかの偉い人より比較的にではあるけれど、まだマシかも。
すごい人たちではあるのだろうけれど、きっと恐い人たちじゃない。
「で、父は美術好きだからね。下手の横好きなんだけど。公務がないときはけっこうこの工房で巨匠たちに迷惑かけてるんだ」
ソーロン様は一つの扉の前で立ち止まって、コンコン、と形ばかりのノックをする。
そして、返事を聞く前にガチャリと開けた。
え? 王様ここにいるかもしれないの? 王族の居住区は中心の辺りだから、まだ猶予があるって思ってたのに?
「ふざっけんじゃねえ! いい加減にしやがれ、こんなもん麗しの白蘭宮に置けるかバカ野郎が!」
老人の野太い怒号が、耳朶に襲いかかる。




